第29バグ・偶然

「あのー、すみませーん!」


 目標の人物がいるテントの前で出雲が叫ぶ。


 馬車は近くに寄せており、荷台には食料や商売道具と一緒にエイルとプアが何食わぬ顔で乗っていた。

 傍から見れば3人連れの商人一行かもしくは旅人にしか見えないだろう。


「こんな夜更けに人とは珍しい。何でしょうか」


 テント幕の奥から怪訝な表情をしたターゲットが出てくる。

 相当良いものを食べているのか、月明かりの下でもはっきりと分かるかなりの肥満体系だった。


 警戒心を前面に押し出しているようで、幕をめくった方と反対の手には何を持っているのか、出雲の角度からでは分からなかった。


「申し訳ありません。私は旅商人をしている者なのですが、連れが怪我をしてしまいまして。そして、情けないことにちょうど薬も切らしており」

「ほぅ、それは災難でしたな」

「それでもし、打ち身に効く薬草を持っておられましたら、売っていただけませんでしょうか」


 出来るだけ低姿勢を崩さずに言葉を紡ぐ。

 はっきり言って、こんな人間に下手に出るのは舌を噛みたくなるほど嫌だったが、文句は言ってられない。

 全ては目的のためだ。


「良いでしょう。ただ、私も持ち合わせが少ないので少々割高になってしまいますが」

「構いません。背に腹は代えられませんからね」

「そうですか。ならば少々お待ちください。おい」


 男は誰かを呼ぶ声を上げる。

 すると、話を聞いていたのだろう男の側近が、彼に手のひらに乗る大きさほどの木箱を手渡した。


「2回分ほどあれば宜しいかな?」

「はい、ありがとうございます」


 男から提示された金額を支払い、対価として薬草を受け取る。

 一般的な価格に比べればかなり割高で、薬草の品質も決して良いとは言えないものだった。


 だが、ここまではただの茶番だ。

 関係ない。


「それにしても、ここで会ったのは何かの縁です。どうです? 一緒に食事でも」


(掛かった!)


 商人は繋がりを何よりも大事にする。

 人脈が金へと結びつくのを誰よりも把握しているからだ。


 こんな夜更けだ。

 商人であると身分を明かして取引をすれば、より親しくなろうと踏み込んでくるのは読んでいた。


「そうですか。連れが2人いるのですが、こちらも宜しいですか?」

「勿論です。歓迎しますよ」

「ありがとうございます。おい、エイル」

「はいっす」


 了解を貰ったことで荷台の上の幼女を呼ぶ。


「プアの手当てを頼む。それが終わったら酒と食料を持ってきてくれるか」

「了解っす」


 降りてきたエイルに薬草を渡すと共に指示する。

 彼女は邪悪な笑みを浮かべながらまた荷台へと上っていった。


「あの娘は」

「私の姪です。訳あって一緒にいます」

「そうでしたか。おっと中に入りましょうか。どうぞ」


 歓迎されるままに彼の背中を追ってテントの中に入る。


 テントの中はそこそこ広く、大人が5、6人居ても余裕で過ごせそうな広さだった。

 入るなり隅で座っていた側近の男に値踏みするような目で見られた。が、ひとまず気にしないことにする。


「大きいテントですね」

「ええ。私は神経質でして、寝る時は壁やスペースが無いと寝られないのです」

「あー、そういうの分かります」


 今でこそ慣れてしまったが、屋根の無い場所での野宿は最初はとても辛かった。

 野盗や夜行性動物に襲われることの不安や虫刺されによるストレスが半端ないのだ。

 悪党であってもその辺の感覚は同じという訳だ。


「どうぞそこに掛けてください」


 言われるがままに入り口近くの席へと座る。

 部屋の中央には大きな布が敷かれている。その上に置かれた食料や酒瓶を見るに、どうやら食事中だったようだ。


「お邪魔するっす」

「失礼しま――!?」


 名ばかりの治療を終え、エイル達が入室してくる。

 何時ものテンションを維持しているエイルとは異なり、プアは商人の顔を見るなり固まった。


「お前は!?」

「――ん?」


 プアの尋常ならざる態度を訝しんだ男が上半身をやや前に出し、プアを注視してくる。

 そして、何かに気付いたのか急に大声を張り上げた。


「お前はあの時の!?」


(え? まさか顔見知り?)


「いきなりどうしたんっすか!」

「こいつは、こいつ等は私の食料や金を奪った野盗です!」

「マジっすか!?」


 彼の言葉にエイルのみならず出雲もまた同様を隠せなかった。


(最悪だ。そんなことがあるなんて)


 今思い出してみると、確かにプアは言っていた。

 彼を襲った野盗の特徴をエイルが聞いた際に、『一味の1人がやたらと太っていたぐらいしか』と、はっきりと。


(だからってこんなことあるかぁ!)


 つまり村を襲った奴隷商人だと思った人間は野盗でもあったということだ。

 プアにとっては憎んでも憎み足りない対象でしかない。


 だから彼が反射的に飛びかかってしまうのは当然なわけで、

 奴隷商人の声に反応して飛び出してきた側近に反撃を喰らうのも、当たり前だった。


「がぁ!?」


 吹き飛ばされたプアは勢いよくテントの外へと出ていく。

 彼が殴られたことを切っ掛けに、生存を掛けた戦いが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る