第28バグ・奴隷商人

「プアさんの声っす!?」

「行くぞっ!」


 両手一杯に抱えた食料を放り投げ、悲鳴がした方向へと駆ける。

 集落の奥へと進み一軒家の裏手へと回ると、目を疑いたくなるような光景が広がっていた。


 死者の山。


 まるで全員が集団自殺でも図ったかのように死体が1か所に集まっていた。

 しかも死亡してから時間が経っているのか腐敗が進んでおり、鼻が曲がるほどの腐臭がした。


「間に合わなかったってことっすか……」


 エイルが今にも消えそうな声量で呟く。


 プアと出会ってから2日強。

 仮にプアが旅立った日から出雲と会うまで1週間とする。

 であれば、しんどいとは思うが水さえ残っていれば余裕で生き残れる。

 人間は水さえあれば3週間程度生き残れるのだから、村人全員が餓死するというのは到底考えられなかった。


 胸の内から湧き上がる疑惑に従い、死者の元へとゆっくりと近付く。

 何処か不審な点は無いかと男の死体へと近付いたところで、何処からか声が聞こえた気がした。


(何だ今の?)


 地面に這いつくばり泣きながら絶叫するプアのものではない。

 とても肥えた人特有の野太い声色だ。


「出雲?」


 エイルの呼び掛けにも応えず、死者達の脇を通り更に村の奥へと進む。

 やはり気のせいなどではなく、歩を進めれば進めるほど声量が大きくなっていった。


「どうしたんっすか出雲?」

「しっ!」


 追いかけてきたエイルに静かにするよう口に人差し指を当てる。

 無能の彼女でもサインは知っていたのか、両手で口を塞ぐ仕草を取っていた。


「本当に使えんな貴様らは。折角生かしておいてやったというのに!」


 奥から怒鳴り声と一緒に泣き声が聞こえてきた。


「誰かいるんすかね?」

「ああ。もしかしたらそいつが事件の元凶かも」


 小声でエイルと話しながら忍び足で進む。

 そして、小さな山になっている場所を超えると、集落に似つかわしくないテントが目に入った。

 キャンピングテントというよりも、運動会や文化祭などで使われる形に近い。勿論それらとは違って壁代わりに布がある。


 出雲の合図で二人して地面に伏せる。


「もういい! 全員外に繋いでおけ!」


 怒声が放たれるなり、テントからガタイの良い男と子供が5人出てきた。


 子供の方は全員手首を縄で縛られている上に仲間同士で足を繋がれている。

 あれでは逃げようとしたとしても、全員の呼吸が合わなければ到底不可能だろう。


「酷いっすね」


 ぞんざいに扱われる子供達を見ながら天使が呟く。

 出雲もまた同じ感想を抱いていた。


「奴隷商人だな。いるとは知ってたけど初めて見た」

「いたいけな子供を私利私欲のために利用するなんて許されないっすよ。ぶっ飛ばしてやりましょう」

「待て待て待て」


 飛び出そうとするエイルの肩を掴み全力で止める。


「何するんっすか! 出雲は気にならないんっすか!」

「落ち着けって。今は残虐係じゃないんだから単身で乗り込んでっても返り討ちに遭うだけだぞ」

「あっ」


 本気で気付いていなかったのか小さな間が流れる。

 成長しても抜けているところは相変わらずのようだ。


「じゃあどうするんっすか?」

「ひとまずプアさんのところへ戻ろう。俺達を追ってきて奴らに気付いたら、何するか分かんないし」

「……そうっすね」


 どうやら納得してくれたようで、苦虫を嚙み潰したような表情しながらも後ろをついてきてくれた。


 なるべく音を立てないようにプアの元へと戻る。

 彼は2人が戻ってきたことにも気付かず、ただひたすら死体の前で嗚咽していた。


「プアさん」


 掛ける言葉が見つからなかった。

 それはそうだろう。

 出雲は自分のせいだと思い込んでいる人間を慰めたことなど一度も無いのだから。


 改めて死体と向き合うと、打撲痕や骨が曲がった箇所が多く見られた。

 恐らく奴隷商人の手下が子供を攫うために暴力を振るったのだろう。


 何日も食事を取っていない体に一方的な乱暴。どうなるかは火を見るよりも明らかである。


「プアさん!!」


 エイルが力強い声で男を呼ぶ。

 幼女の体でありながらかつてない目力だった。


 そこでようやく我に返ったのか、プアはやっとエイルの方を見た。


「な、何でしょうか」

「これは全部奴隷商人がやったことっす」

「何ですって!?」

「おいエイル!」

「静かにするっす!」


 感情に身を任せた天使がプアの胸倉を掴む。だが流石に体格差がありすぎて、掴むというよりかはただ握っているような形だった。


「仇を取りたいっすか!」


 言葉はそれだけだった。

 だが、彼女のやるせなさが、怒りが、熱ははっきりと伝わってきた。


「取りたいです! こんなの、こんなのってないですから!」

「よし! じゃあ出雲。あとはお願いするっす!」


 突然バトンを渡される。

 2人からの視線を急に受けた出雲は困惑した。


「え? 俺?」

「当然っすよ。私は人を欺いたり危害を加えるのは苦手っすからね」


 無い胸を張りながら天使が言う。


(どの口が?)


 中央大聖堂を盾に取り、あまつさえ鳥居を謝罪させようとした奴の言うこととは思えなかった。

 とはいえ考え自体はある。


「まあ一応思い付いたことはあるけど」

「どんな案ですか!?」


 プアが瞬時に出雲のすがりつく。

 目の輝きは失っており、ちっとも正気じゃないように見えた。


(この状態で言うのはこの人の為にならないないな)


「取り敢えず話をする前に――」

「はい!」

「この人達を弔ってあげましょうよ」


 一般市民係も残虐係も商業係も考え方は違う。

 だが、人の心だけは失っていけないのはどの仕事も同じだった。


 そして、人の道を外れた商人にはそれ相応の報いが必要だと、出雲は地面を掘りながら思った。

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