第26バグ・プア

「なにか、何か食べ物ぉ!」


 やたらと頬がこけた中年男性に突然足を掴まれた。

 しかも顔面蒼白。


 あまりに急な出来事に、反射的に蹴り飛ばそうとする出雲。

 が、すんでのところで人だと認識しどうにか止まった。


「行き倒れか!? エイル、水!」

「合点!!」


 エイルから水筒を受け取り、地面に突っ伏している男性に急いで水を与える。

 余程喉がカラカラだったのか、水稲の中身は瞬く間に消えていった。


「はぁはぁ、ありがとう、ございます。助かりました」


 死者のようだった男性の目に生気が宿る。


「お腹は減ってないっすか? 良かったらこれもどうぞ」

「良いんですかっ。ありがとうございます」


 エイルが差し出した丸パンに、感謝と涙を出しながら男がむさぼりつく。

 食べ終えた時には、こけている頬も少しばかりマシになった気がした。


「生き返ったぁ。本当にありがとうございます」

「そんなに飢えて何かあったんですか?」

「いえ、お恥ずかしい話ですが、野盗に金も食料も奪われてしまって。この通り命までは許して貰えたのですが、村に戻る道中で力尽きてしまい……」


(あの連中か。この人からも強奪してたんだな)


 同じ立場の人間だったことに同情の念を抱く。


「折角なんで村まで送りましょうか。俺達は行商をやっているの者でしてその村も気になりますし、身一つでは帰るのも大変でしょう」


 善意の提案。

 しかし、男性はただ申し訳なさそうに首を横に振った。


「とても嬉しいご提案ですが……。このままでは帰れませんので」

「何か理由がありそうっすね」


 エイルの言葉に男の顔が一層深刻になる。


「近頃の日照りの影響で私どもの村では作物が育たず、村全体が食うに困る生活をしているのです。そこで、何とか雨が降るまでの間を耐え抜こうと売れそうなものを金品を搔き集め、売って食料に変えたのですが」

「そこを盗賊に狙われたって訳っすね」


 (良くある話だな)


 似たような話は一般市民係の時にそこそこ耳にしていた。

 元の世界にも悪人はいるが、それはジャパルヘイムでも例外ではないのだ。


「多分その野盗って俺達を狙ったやつだよな。エイル何か知らないか?」

「うーん、金も食べ物も持っている風な感じでは無かったっすよ。何か特徴とかはなかったっすか?」

「いえ、特には。一味の1人がやたらと太っていたぐらいしか」


 プアが答える。


(俺達を襲ったやつらにはそんな奴いなかったな。もしかして違う盗賊か? いや、まだそう判断するには早いな)


「襲われたのは何時ですか?」

「3日前です」


(それなら食べ物を消費しててもおかしくないな。てか、よくこの人生きてたな)


「それは大変だったっすね。まだパンもあるのでどうぞ。あ、良かったらマヨネーズもどうっすか?」

「マヨネーズ? 何ですかそれは?」

「美味しい調味料っすよ」


 エイルが先程慌てて出雲が落としていた瓶を拾っていたのか、パンと共にマヨネーズを彼に渡す。

 彼女の良かれと思った行為をただ微笑ましく見ていた出雲だったが、男がマヨネーズを乗せたパンを頬張ったところであることに気付く。


(あ、やっべ! あれ!?)


「エイルあのマヨネーズ!」

「あ、そうだったっす!? ごめなさいそれ!」


 しかし対応が遅く、エイルが制止しようと手を伸ばしたところで男は嚥下した。


 その後、突然過ぎる二人の反応に目を丸くする男。

 出雲とエイルはというと、何も起きないことを心の中で祈るしか出来ないでいた。


「どうされました?」

「い、いえ。何でもないです」


 額から零れ落ちる汗を気にしながら、男が食べ終えるのをただただ待つ。

 どうやら何ともないようで、食べ終えた時には更にすっきりした表情をしていた。


「大丈夫そうっすね」


 エイルが耳打ちしてくる。


「お前のせいで何の罪もない人が死ぬとこだったぞ」

「うぅ、そこは反省してるっすよ」

「まあいいか。てか、あのマヨネーズ。お前の言う通り悪人にだけ効く可能性が出てきたな」


 だが、何処までの悪人に通用するのかをはっきり確かめなければ攻撃アイテムとしては使えない。

 また、善人に対して本当に効果が無いのか確認しないと、食料としても使用出来ないだろう。


(結局試してみないと駄目なことには変わらないか)


「あの、どうされましたか?」

「い、いえ。こっちの話です。それよりもこの後はどうされるのですか?」

「そうですね……。本当にどうしましょう」


 男が悲しみに満ちた口調で言う。

 自分のせいで村にとっての希望を失ってしまったのだから無理もない。


(とは言ってもなぁ)


 出雲達とて今はただの行商でしかない。

 とてもではないが、村1つ救うだけの物資など持ち合わせていないのだ。

 変に協力してこちらの仕事が滞ってしまうのも困る。


(あ――)


 唐突にアイディアが浮かぶ。

 上手くいけばこの男とはウィンウィンの関係が築けるかもしれなかった。


「あの。もしかしたら協力出来るかもしれないです」

「――!? 本当ですか!」


 男が飛びつくように出雲との距離を詰めてくる。

 この窮地を抜け出せるのなら藁にもすがりたいのか、血眼になって出雲を見ていた。


「ただ危険があるというかなんというか」

「構いません。村が助かるなら何でもします!」

「そうですか。それならこちらにも利があることなので、是非宜しくお願いします」

「あぁ、まさか貴方達のような善人に会えるとは。神は私を見捨ててはいなかった!!」


(いやぁ、多分あの女神様はここまで細かいところは見てないと思いますよ)


 号泣する男に手を掴まれながら、椅子の上で頬杖をつくフラウをイメージする。

 やはりどんなに想像力を働かせても、下々の様子をこと細やかにチェックする姿はイメージ出来なかった。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は出雲と言います。改めて宜しくお願いします」

「エイルっす」

「私はプアです。こちらこそどうかお願いします」


 挨拶を終えたところで、出雲はひっそりと荷台を見た。

 プアと村の運命があのマヨネーズに掛かっていると思うと、あまりに滑稽な状況に真面目な表情を保つのに苦労した。

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