第25バグ・人体実験
「死んだって何で!? 腐ったマヨネーズで食あたりしたとか!?」
有り得ないと思いつつ言ってみる。
マヨネーズは酢が含まれているため殺菌作用が強いのだ。
保冷していないとはいえ、すぐに腐るとは考えられなかった。
「いえ、そんな兆候は無かったっす。ただマヨネーズを食べてたら、急にみんな血を吹き出して倒れたんっすよ」
「細菌兵器か何かかこれは?」
恐る恐る荷台に乗った瓶を見る。
盗賊達に取られた分も売った判定に引っ掛かってしまったのか、箱の上にいくつか瓶が転がっていた。
「結果的にこれのおかげで助かったとはいえど、恐ろしいっすね」
「街で買ってくれた人に何ともないことを祈るよ」
たかが調味料。されど調味料。
辛さが売りの激辛調味料などは用量を誤れば死んでしまうものがある。が、ただのマヨネーズで人を殺害出来るものは異世界含めてもこれだけだろう。
「とにかくこれは販売停止だな」
「賛成っす。でもふと思ったんっすが、これ私達が食べるとどうなるんでしょうね」
「何か思うところがあるのか?」
(実際に死ぬところを目の当たりにしたのに?)
「人によって死ぬ死なないとかあるのかなって。ほらっ、盗賊達は悪人ってカテゴリじゃないっすか」
「そんなことあるかぁ? 人が食べたら死ぬような物は毒キノコとか魚とか色々あるけど、人によって死ぬなんて物はアレルギーくらいだろ」
「それは私達の世界の理論っすよ。ここはジャパルヘイムっす」
言われてみれば天使の言う通りである。
過去の例が山程あるだけに、これ以上は反論出来なかった。
「それもそうか」
「でしょ。じゃあ食べるっすよ」
「え? 何で俺が?」
何故か自分が食べることになっている流れに異を唱える。
「清廉潔白な私が食べても意味が無いじゃないっすか?」
「本気で言ってるなら医者に行った方が良いと思うぞ」
「何でっすか!? 私は天使っすよ! 天使は穢れ無き清純な存在っすよ!」
「お前残虐係の時に嬉々として人殺ししてただろうが」
流石にこの返しには上手い反論が浮かばなかったのか、エイルは「ぐっ」と言葉を詰まらせた。
「それはそれ。これはこれっすよ」
「そんな曖昧な線引きで良いのか天使って」
「で、でも、曇りなき一途な心は変わってないっすから!」
(何言ってんだこいつ。本当に大丈夫か?)
心の中で侮蔑する。
綺麗な心のまま殺人を犯す方がよっぽどサイコパスである。
「ひとまず実験してみないことには変わんないっすよ。ほら早く食べて」
「急かすな急かすな。実験っていうからにはお前も食べるんだろな?」
「はっ? 何で私が?」
何を馬鹿なことと、言わんばかりの表情するエイル。
余りにとぼけた顔に、幼女の姿でなければ危うく羽交い絞めにしていたところである。
「お前の仮説が正しいかどうかは、お前も食べないと分からないだろう」
「いやいや、そこまで厳密に確かめなくても良いんじゃないっすかねー」
言いながら視線を逸らす少女。
無駄に死ぬリスクを負いたくないというのが、はっきりと伝わってきた。
「相棒なら地獄まで付き合え」
「都合の良いところで相棒扱いしないで下さいっすよ。思ってもないくせに」
「それこそ失礼だぞ。少しは思ってるぞ!」
「本当は?」
「俺だけ死ぬのは嫌だ」
「やっぱ本性は悪人じゃないっすか!」
それからしばらく不毛な論争を続ける2人。
しかし、面倒になった出雲が諦めたように口を開いた。
「良いよ、分かったよ。食べれば良いんだろ食べれば!」
勢いのまま積み荷から1つマヨネーズを取り出し、瓶の蓋を開ける。
そして、人差し指に黄色いふんわりとした物体をすくい一気に口に含んだ。
(南無三!)
瞬間、ほどよい酸味と甘みに包まれる。
腐っているような風味は無く、舌を刺激する感覚もなかった。
良くも悪くも普通のマヨネーズ。
それが出雲が抱いた感想だ。
「何ともないっすか? 盗賊達は食べた直後に口から30分ぐらいマヨネーズを吐いてましたよ?」
(本当に嫌な死に方だな!)
想像しただけで惨めな死に方だった。
「特になんとも」
「マジっすか。と、いうことは出雲は悪人ではなかったと!? ショックっす!?」
「お前も最近、俺に対して容赦なくなってきたよな。てかまず先に仮説が間違ってる可能性を疑えや」
言って、手に持っていた蓋が空いた瓶を彼女に差し出す。
「な、何っすか?」
「俺は食ったぞ。お前も食え」
「本当に私もやんないとダメっすか?」
「清純無垢な天使様なら何の問題も無いのでしょう?」
出来るだけ嫌みったらしく言う。
悔しそうに「ぐぬぬ」とエイルが唸る。
「あーもう! 食べればいいんでしょう!」
覚悟を決めたのか、エイルは出雲から瓶を奪い取る。
そして中指でマヨネーズをすくい口に運んだ。
(結構いったな)
食べた直後、苦虫を嚙み潰したような表情をする天使。
しかし1分程経過したところで顔に余裕が戻ってきていた。
「ふっふっふ、私のような綺麗な心を持つ天使がマヨネーズで死ぬわけないんすよ」
「本当はビビってたくせに」
「び、ビビッてなんかないっすから!」
「はいはい。てか、やっぱ仮説が間違ってるだけじゃねーの?」
「2人だけじゃ何ともっすよ」
返された瓶の蓋を閉めながら言う。
彼女が言うことは最もで、被験者が出雲とエイルだけでは大した情報など得られない。
「どうっすっかなぁ――うわぁ!?」
馬車の荷台に寄りかかったところで何かに足首を掴まれる。
それは動物のものではない、やたら生々しい感触だった。
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