第24バグ・増殖

 ケチャップ1つ売ればマヨネーズが1つ増える。

 ソースを1つ売ればマヨネーズが1つ増える。

 ドレッシングを1つ売ればマヨネーズが1つ増える。


 どの調味料を売っても必ずマヨネーズが増えていた。


 頭を抱えたくなる事象だが、普段であれば特に何とも思わなかった。

 過去1つして直らないバグは無く、報告さえすれば次の日には無くなっていたのだ。


 だが、今回は違う。

 女神フラウが選定した下請けが束になってもバグの起因が分からなかったそうだ。


 つまり、現状何かを売れば売るほどマヨネーズが増殖する、という訳の分からない状況に陥っていた


 おかげで馬車の荷台の上はマヨネーズが詰まった箱で溢れかえっていた。


「これどうするんすかー。邪魔なんすけどー」

「今考えてるところ」


 荷台で横たわる天使に適当な返事する。

 これといったアイディアが浮かばない今の状態では、思考力を無駄に浪費させたくなかったのだ。


 無気力なまま手綱を引き、2頭の馬をコントロールしながら街道を進んでいく。

 あまり集中せずに馬車を引けているのは商業係の異能の力によるものだ。


「捨てるのはどうっすかー?」

「下手に捨ててそこで増えてても困るだろ。今は1個ずつで済んでるけど、倍々に増える可能性だってあるわけだし」


 短絡的に処理してマヨネーズの山が出来ていても困る。

 根本から解決しなければ余計な問題が追加されるだけだ。


「売ったり捨てたりが駄目なら、いっそのこと食べてみるとか? あとは燃やしてみたり」

「あとで一通りやってみるか──っ!?」

「ひやぁ!?」


 突如前方に丸太が転がってきた。

 どうにか反応が間に合い、辛うじて馬車を止めることが出来たが、急停止したため荷台から派手な音がしていた。


「急になんすか!? 頭ぶつけたっすよ!」


 右手で側頭部を押さえたエイルが荷台から顔を出す。

 そして、直ぐに状況を理解したようで押し黙った。


「おうおうおう、何だ何だ。可愛い嬢ちゃん連れかよ。こりゃ当たりだな~」

「おめぇの幼女趣味は相変わらずだな~」

「テメーのババァ好きよりよっぽど健全ってもんよ」

「言えてらぁ!」


 下品な笑い声が一帯を支配する。


 出雲達を囲ってきたのは盗賊の集団。

 誰もかれもが半裸で刃物を手に持っており、見た目だけで不潔なのが伝わってきた。

 臭いに当てられたのか、視界の隅でエイルの顔が激しく歪んでいた。


「死にたくなけりゃ有り金と積み荷とついでにそこの嬢ちゃんを置いてきなぁ」

「ふざけんなっす! 素直に従う訳ないっすよ!」

「嬢ちゃんには聞いてねーんだよなぁ!」


 野盗の一人がナイフをくるくると回転させながら舌なめずりする。


(ナイフ舐めなんて本当に行う奴いるんだな。ちょっと感動するな)


 どうやら刃物の扱いには長けているようだ。

 少しのミスで自分の舌を切ってしまうようなことを行いながらも、目線だけはしっかりと出雲を見ていた。


(めんどくせーなー)


 商業係は残虐係と違って戦闘面の異能が無い。

 ただの人間同然の今の出雲ではまともに戦ったところで、勝てる見込みは無いだろう。


(と、なればだ)


「有り金とこいつを置いていくから、俺の命と積み荷だけは勘弁してくれないか」


 出雲の発言に、一瞬空気が凍り付く。

 彼を除く全員が出雲がこんなことを言うとは思ってもみなかったのだ。


「はああああああっっっっ!? なんっすかそれー!!」


 初めに声を上げたのはエイルだった。


「何で私よりも積み荷の方が優先順位高いんっすかー!」

「いやだって、お前は死んでも生き返れるけどマヨネーズのバグは見つけないといけないし」

「私がいやらしいことされたらどうするんすか!」

「良い経験じゃね?」

「ふざけんなっす! 普通女の子にそんなこと言いますっ!? 有り得ないっす!」


 天使の叫びに盗賊全員が頷いた。

 相棒をぞんざいに扱い過ぎたせいで、人間性が欠如している盗賊すらエイルの味方になってしまった。


「あいつ俺達より最低だぞ。普通あんな小さい子を犠牲にするか?」

「人間の屑だ。ぶっちゃけ本当に殺す気はなかったんだがやっちうか?」

「やっぱゴミは許せねぇよな」

「嬢ちゃん安心しな。こんな奴に飼われることはねぇ。俺達が守ってやる!」


(しくった。まさかここまで顰蹙ひんしゅくを買うとは思ってもみなかった)


 今更慌てたところで打つ手は無い。

 逆にここまで敵視されれば、逆にエイルの身の安全は大丈夫だろう。


 と、考えたところで、喉に走った小さな痛みと共に出雲の意識は刈り取られた。


 ★


 頭が覚醒し上半身を起こす。

 ぼんやりとする視界をはっきりさせるために目元を擦ると、正面にはエイルがいた。


「やっと起きたっすねぇ」


 岩の上に座っていた彼女が近付いてくる。

 特に何とも思っていないのか、怒りも無ければ悲しみや憐みも無い普段の表情だった。


「大丈夫か? 凌辱されたりしてないか?」

「今更それを言うっすか?」


 鼻で笑いながらエイルが言う。

 あまり気にしていないようで実は根に持っているようだった。


「ごめん。流石に短絡的な対応だった」

「別に良いっすよ。でも、今度見捨てたら本気で怒るっすからね」

「そうか、悪いな。で、盗賊達は?」


 辺りを見渡しても人の気配は無い。

 居た場所が街道から森の中に移っただけで、馬も馬車も大丈夫そうだった。


「あー、あの人達なら――」

「なら?」


 含みを持たすように何故か溜めるエイル。

 何処となく言い難そうだった。


「死んだっす……」

「はぁ?」


 寝起きということもあり、意味不明過ぎる状況に出雲はそう言う他なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る