商業係編

第23バグ・マヨネーズ

「美味しい美味しいマヨネーズいかがっすかー。これを食べたが最後、マヨネーズの無い食卓なんて考えられないっすよー」


 春らしい陽気あふれる昼下がり。

 それほど大きくないとある街の通りで、エイルは試供品を持ちながら商品の宣伝をしていた。


 屋台の前で縦横無尽に動き回る彼女は、この店のマスコットキャラクターとして瞬く間に定着していた。

 今では店の商品ではなく、彼女目的に来る客も少なくない。


「おぅ、エイルちゃん。今日も可愛いね」

「あ、大工のおじさん。えへへ、どうもっす」

「マヨネーズ1つくれるかな?」

「毎度っす!」


 出雲は店の中に置いてある箱から瓶を取り出すと天使に渡した。


 彼女の手はとても小さい。

 出雲にとっては片手で用意に掴める商品も、今のエイルには両手でやっと安定するほどだった。


「300円になるっす」

「ありがとう」


 大柄な男性に瓶を差し出してから、対価としてお金を受け取るエイル。


 至って普通の光景だ。

 しかしながら、天使の大きさが何時より30cmほど小さいというだけで、何故か微笑ましい光景だった。


「この街には何時までいるんだい?」

「名残惜しいっすが、明後日には経つ予定っす」

「そうかい。寂しくなるね」

「また何時か来るっすよ」

「そうか。ここんとこ雨も降らないから旅立つにはちょうどいいかもな。体調には気を付けてな」

「はい、ありがとうっす!」


 大きく手を振って見送る少女。

 彼女の気さくな性格は接客にかなり向いているようだ。その証拠に今も彼女の笑顔に釣られた客が来ている。


(ポンコツだと思ってたけど、人間誰にでも長所はあるもんだな)


 ひっきりなしに来る客に対応するエイルを見て出雲は思った。

 彼女が天使であることも忘れて。


 そもそも今まで知らなかったが、彼女にも特技と呼べるものがあったのだ。


 身体の大きさを変えられる能力。

 商業係が得られる能力ではなく、天使である彼女自身が持つ力だ。


 基本は女子高校生のような成人女性よりも少しだけ幼い姿をしている。

 が、今はいいとこ小学校中学年だ。

 胸の大きさも慎重に合わせて小さくなっており、特徴的だった巨乳は見る影もなくなっていた。


(まさか看板娘として活躍するために変化するとは思わなかったけど)


 だが、こうして人が沢山来てくれていることを考えると、彼女の判断は正しかったらしい。

 残虐係で得た成功体験は、良い感じに自信を付けてくれているようだった。


 時計の針が3時を示したところで、人の波もすっかり落ち着いていた。

 概算ではあるが商人として1日に稼いだ額としては充分である。

 少し早いが引き上げ時だろう。


 ただ、デバッカーとしてはこれといった収穫は無かったのが残念なところだ。


「エイル。そろそろ上がるか」

「了解っす。1日何も無かったっすね」

「そうだな。ま、ここは前向きに考えて、世界がよく作り込まれてると考えよう」

「うーん」


 煮え切らない言葉。

 だが、彼女の言いたいことは分かる。

 二人にとっては見つけたバグの量こそ本当の実績なのだ。


「俺は売り上げを確認するから、在庫チェック頼めるか。終わったら酒場行って、飯食いながら情報でも仕入れよう。何か見つかるかもしれないし」

「……はい。おっけーっす」


 暖簾を片付ける出雲の横をエイルが通っていく。

 納得してくれたのか、一瞬落ち込んだ顔はすっかり元の笑顔に戻っていた。


「ところで何で商材がマヨネーズなんすか? 美味しいのは認めるっすが」


 店の後ろで空き箱を整理しながらエイルが言う。


「他の人が雑貨、服飾、武器・防具売ってたからっていうのはあるけど、一番はイメージかな」

「何っすかそれ」

「勝手な思い込みかもしれないけど、異世界ものの創作物だとマヨネーズ売って財産築くパターンが多い気がしてな。折角だからあやかろうかと」

「適当っすねー」

「この世界ではマヨネーズ自体が全然流行ってなかったってのもある」

「ふーん。んん?」


 エイルが急に意味深な声を上げる。


「どうした?」

「出雲、今日は何個仕入れたっすか?」

「えっと、昨日あんまはけなかったから確か100個ぐらいかな? 全部で200個はあったと思うけど」

「え!? じゃあこれはなんっすか?」


 金を数える手を止め、疑問符を浮かべる彼女の元へと行く。

 天使が指を指す方向には、箱の中で無造作に積みあがった瓶が大量にあった。


「ぱっと見100個以上は余裕であるな」

「まさか売ったマヨネーズが戻ってきてたりするっすか?」


 エイルが中々に不味いことを言う。

 だがすぐに、それは無いと出雲は悟った。


「いや、それだと気付いて文句を言いに来る人も一定数いるはずだ」

「じゃあ増殖したってことっすか?」

「そう考えるしかないだろうな。取り敢えず数えてみるか」


 2人で瓶を箱に詰めつつ計算していく。

 すると1個あたり40個の瓶が入った箱が5つ出来上がった。


「見事に200個あるっすね……」

「完全に売った分だけ増えてんな」

「商人として考えると、在庫が減らない分最高の状態っすが──」

「俺達にとっては直さないといけないただのバグでしかないな」


 ウィンドウを操作しバグ報告を書き込んでいく。

『マヨネーズを売ると在庫のマヨネーズが増える』という文章は、自分で書いていても謎でしかなかった。


「明日はマヨネーズの他に試しにケチャップも売ってみるか。同じようなバグがあったら困るし」

「そうっすね。てか、調味料縛りなんすね」


 談笑しながら2人は速やかに撤収作業を行うと、宿がある通りへと消えていった。


 次の日。

 エイルの営業スマイルによって、開店して間もなく1つのケチャップが売れた。


 そしてあたかも最初からあったかのように、在庫の箱の上にマヨネーズの瓶が出現した。

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