閑話・月例デバッカー会議②

「良い加減機嫌直してくださいっすよー」

「いーやーだ」

「不幸な事故じゃないっすかー」

「何処が! 完全に貴女の不注意じゃない!」

「強情っすねー」


 円卓の一角。

 エイルと鳥居の無益な口論が始まってから、早20分が経過しようとしていた。

 既に月例会議の時間は過ぎているのだが、ずっとこの調子である。


 原因は全てエイルにあった。


 聖都ヴィンデルでの中央大聖堂前の戦い。

 天使がこけたことにより街が1つ消滅したのだ。

 結果的には壊れない大聖堂に加え、底が見えないほどの大穴といった多数のバグが見つかったことにより、デバッカーとしての成果は上げられた。


 だが、あくまでそれはエイルの功績であり鳥居のものではない。


 そもそも正義の味方だった彼女にとって、悪人である出雲達を始末していれば得られるものが多々あったのだ。

 具体的には市民からの栄誉。

 また、罪人を殺すことによる未知のバグの可能性もあったはずだ。


 何よりも誉れを重んじる鳥居には、これほど屈辱的なことはないだろう。


(そりゃあ不貞腐れるってもんよ)


「それじゃあ今度は私がご飯を奢るっすよ。それでチャラってことで」

「嫌よ! 絶対に嫌! 良いから一人にしておいて頂戴!」

「あのー、そろそろ会議を始めたいのですが……」


 水無月が恐る恐る言う。

 残念ながら彼女の勇気は、1人と天使には全くといっていいほど届いていなかった。


「全然聞いてないですね」

「うぅ。今日はエイルさんもいるので、早く終わらせて女子会でもと思ったのですが」


 しょんぼりした顔を浮かべる水無月。


(そういやエイルも女子だったわ。あまりに女子っぽさがなくて気付かんかった)


 女子会ってよく聞くけど具体的には何をするんだろう、と頭の脇で考えながら出雲は言葉を発した。


「あれ? 他の人は?」

「御手洗さんは病欠。社さんは何時も通り実務優先で欠席ですね」

「なるほど。それなら今日の会議はスキップしますか?」

「いえ。月に1度しか行わない会議を疎かにするのは良くないです。ただでさえデバッカー同士のコミュニティーが不足気味ですし」


 それは言えている。

 事実出雲は社と殆ど会話をしたことがなかった。


 しかし会議をやるとなるとさっさと終わらせたい。

 出雲とて、得た給料で一刻も早く自分にご褒美を上げたいのだ。


「おーいエイル。一旦会議するからその辺にしとけ」

「そうよ。参加しないのから出ていきなさい」

「はーい」


 渋々空いている御手洗の席に着くエイル。

 彼女には参加義務はないのだが、エイルもまたデバッカーの一員ではある。

 淡々と座った天使に対して特に突っ込む人間はいなかった。


「それでは月例会議を始めますが、何かある人はいますか?」


 言うなり、鳥居が不満そうに手を上げた。


「どうぞ」

「ジャパルヘイム内でのデバッカー同士の接触を禁止したいのだけれど」


(そうきたか……)


「何かあったんですか?」


 事情を全く知らない水無月が尋ねる。


「不愉快過ぎて話したくない」

「なんやかんやあって、一緒に街ごと吹き飛んだだけっす!」


「何で言うのよぉ!」と鳥居が声を荒げた。

 可憐で大人の彼女しか知らなかった水無月は、目の前で起きた現実に目を丸くしていた。


「聖都ヴィンデルが一夜にして滅んだって情報が出回ってましたが、出雲さん達の仕業だったんですね」

「俺っていうよりかはエイルですけどね」


「えへへ」と、照れたように後頭部を擦る天使。


(別に誰も褒めていないんだが?)


「経緯は分かりました。しかし、あれだけ広い世界で私達が偶然会うのは相当な確率ですし、別に禁止することのほどでもないかと」

「そうですねー。今回会ったのもたまたまでしたし」

「そもそも最初に絡んできたのは鳥居さんっすよ。私達は逃げようとしてたっす」

「ぐっ!?」


 それを言われると返す言葉が無かったようで、鳥居は不機嫌そうに押し黙ってしまった。


「じゃあ、接触禁止については反対多数ということで却下ということで」

「一応他のメンバーの意見を募る必要もあるんじゃないっすか?」

「そうですね。私の方から連携しておきます」


 水無月はウィンドウを出現させ、慣れた手つきで操作する。

 メンバー間の情報伝達を彼女が一手に担っているだけあった。


「他に連絡がある人はいますか?」

「お仕事とは関係ないので恐縮ですが、鳥居さんエイルさん。この後お茶でもどうでしょうか?」

「私はパス」


 鳥居の即答する水無月の表情が曇る。


「私は行くっすよ。出雲もどうっすか?」


 言われて、ちらりと水無月の方を見る。

 女子会がしたいと言っていたが、面子が少ないことの方が嫌なのか何故かしきりに頷いていた。


「えっと、じゃあ折角だし俺も行こうかな」

「はい、では後でフラウ様にお茶の手配を依頼しておきます」

「あ、それならフラウ様も誘うっすよ! こういうの好きなので多分来られると思うっす」

「ちょっと。仕事に関係ない話ならさっさと終わらせて頂戴」


 盛り上がっていたところに水を差すように鳥居が言う。


「そうですね、すみません。それじゃあ最後に係のローテーションを回して解散にします」


 ウィンドウを操作して各人の係を示す円を回転させる。

 出雲の今度の係は商人として活動する商業係だった。


 この後行われた女子会はというと、調子に乗ったエイルが大はしゃぎしていた。

 羽目を外して笑顔を絶やさない天使を見ているだけで、出雲の心も温かくなった。


 調子に乗って唐突に1回転したせいで紅茶を女神に零してしまい、正座で説教されていたが――、


 それでも最後は幸せそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る