第22バグ・解散

「お待たせっす!!」


 闇に染まった空間を晴らすように、唐突に自信にに満ち溢れた声が飛んできた。


 揺れる視界の先には仁王立ちの人影が一つ。

 何処をどう見ても相方の天使に間違いなかった。


「何で! お前っ!」


 やたらと苦い唾液を吐き出しながら懸命に叫ぶ。

 それだけ彼女がここに来たのは出雲にとって予想外だった。


 例え爆弾の量が足りなくとも数か所は吹き飛ばせるのだ。

 全損には至らないだろうが、少なくとも傷跡は残せる。

 その情報が世界に知れ渡ればある程度のバグは見つかるはずだ。


(それとも何か策でもあるのか?)


 エイルの実力は出雲とそう変わりはないだろう。

 で、あれば、出雲が子供のようにあしらわれた相手にエイルが勝てる道理は無い。


「また会えて嬉しいわぁ、エイルさん」


 鳥居がこれから起きる出来事を期待するように唇を舐める。


「それはこっちもっすよ。鳥居さんには返しきれないほどの借りがあるっすからね」

「別に無理して返さなくても良いのに。ただ、私の玩具になってくれれば私は満足よぉ」

「死んでもごめんっす」


 対等に話しているように見える。

 しかし、明らかに彼女たちの間で火花が散っているのは分かった。


「おい馬鹿止めろ。勝てるわけない――ぐっ!?」


 エイルに向けて叫んだところを金髪に頭を踏まれる。

 最早出雲の生殺与奪の権は鳥居が握っていた。


「出雲!」

「別にこんなことをする必要はないのだけれどぉ。悪には充分な制裁を与えるのが私のポリシーだから」

「性格が悪いっすね」

「あはははは!」


 エイルの悪口に高笑いをする女。

 突飛過ぎる行動に頭が付いていかなかった。


 そして、笑い声が止んで一言。


「よく言われるわぁ」


 たった一言放ち、鳥居は地面を蹴った。


 目標は自分を小馬鹿にする生意気な天使。

 承認欲求と自己顕示欲の塊である鳥居が、自分を虚仮にする相手を許さずにいられるわけがなかった。


「私への無礼。万死に値する」


 金髪が青髪に向け一閃。

 目にも止まらない速度で放たれた剣技。

 鋭い攻撃が天使の身体を切り裂くのは意図も簡単に予想出来た。


 しかし現実は、そうならなかった。

 彼女が振るった剣はエイルの喉元の数ミリ前で止まっていた。


「貴女、正気なの!?」


 鳥居が驚愕した声を出す。


「正気で悪役なんて出来ないっすよ」


 対して、余裕に満ちた笑みを浮かべるエイル。

 彼女の表情には絶対に負けないという余裕が漏れていた。


 気合で意識を保ち、必死で相方へと目を向ける。

 見れば、彼女の肉体には数えきれないほどの箱が縛り付けられていた。


「ふっふっふ。気付いたんすよ。別に大聖堂のみを壊す必要がないって」


(なるほど。暗くて分かりづらかったけど、あの箱は爆弾か!)


「爆弾なら幾らでも出せるんすから、最初からもっとスケールを大きく考えれば良かったっす。はは、もうそこら中危険物だらけっす」

「それで何故爆弾を身体に付けてるのよ貴女」

「だってこれなら」


 言いながら、エイルは剣の横を優雅に歩き鳥居の数センチ前に行く。

 そして彼女の顎を優しく触ると、邪悪な笑みをしながら述べた。


「正義の味方さんは迂闊に手を出せないでしょう」

「そんなこと!」


 頬を赤く染め、激昂した女性の足を天使が踏む。


「おっと。首を切り落とせば良いとか思ってるっすか? 残念ながらこの爆弾はちょっとした衝撃で『ドンッ』っすよ。一緒に死んでみます?」

「っ!? 卑劣な!」

「はっ、争いなんて勝った方が正しいんすよ。さてどうするっすかね」


 エイルが頬に当てていた右手を静かに、それでいてゆっくりと美女の左頬へと持っていく。


「まずは私達に土下座でもしてもらいましょうか。勿論広場の中央で」


(おぉ、完全に主導権を握っている。やるじゃんエイル!)


 心の中で賞賛を送る。

 折れた骨が内臓に刺さっているせいで、声を出す余裕がなかったのだ。


「……最低ね」

「よく言われるっすよ」


(いや、それは多分意味が違うと思うが)


 既に勝った気でいる天使に念で突っ込みを入れる。


(しかし、ここまで来たら勝ったも同然か。負ける未来が見えんわ)


 こっちは街を人質に取っているのだ。

 下手にエイルに手を出せば漏れなく全員死んでしまう以上、相手は酷く行動が制限される。


 対してこちらは何をしようが自由だ。

 この差は大きい。


「さあ行くっすよ。鳥居さんの全力の謝罪を生き残りの人間達に披露してくださいっす!」

「んんっ!」


 エイルが鳥居の手を無理矢理で引く。


 それが良くなかった。


 いくら火事場の馬鹿力状態であろうと、彼女の本質は馬鹿で間抜けなのだ。

 ただでさえ身体の凹凸がはっきりしているせいで、取り辛いであろう重心が体に巻き付けた爆弾で更に悪化。

 加えて、同行を渋った鳥居が手に力を入れ反抗でもするものなら――、

 

 結果は火を見るよりも明らかだった。


「あったぁ!?」


 バランスを崩したエイルが地面に倒れ込む。


 同時に木箱が壊れる音がしたと思った瞬間、目を焼き尽くすほどの光が眼前に広がった。

 そして、筆舌に尽くし難いほどの爆音と熱が馬鹿天使を中心に広がり──、


 聖都ヴィンデルの名はたった一夜にして地図上から姿を消した。


 しかしながら、街のシンボルである中央大聖堂には傷一つ無く、

 後の世に『奇跡の聖堂』として世界に広まることとなった。

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