第21バグ・大聖堂での戦い

 何処か楽しげな天使の手を引かれて連れてこられたのは中央大聖堂前だった。

 流石に夜間は入れないようで、入り口の扉は固く閉ざされ灯りもついていない。


 月明かりに頼りながら見上げる。

 あれだけ圧倒された厳かさも、夜では怖さの方が上回っていた。


「やるのか?」


 一応相方に尋ねてみる。

 エイルが何をやりたいかは何となく察してはいた。


「勿論やるっすよ。街が混乱している今が最高のチャンスっす!」

「それもそうだな──あとそろそろ手を離してくれないか?」

「あ!? 申し訳ないっす……」


 言われてようやく気付いたのか、ゆっくりと彼女は右手の束縛を解放した。

 柔らかなエイルの手が離れていくのは、何故か少しだけ寂しかった。


「あとはミミックさんから爆弾を受け取って片っ端から仕掛けていくだけっす。あ、ちょうど来たみたいっすよ!」


 道の向こうから宝箱を持った人っぽい何かが迫ってきた。


「おおおおい、えいるさまああああ!」

「良くやってくれたっす! ついでに爆弾仕掛けるの手伝っていくっすよ!」

「はぐはああああ?」

「全部終わったらっすよ」


 上手くゾンビをあしらった天使がミミックから次々と爆弾を取り出していく。

 テンションの上がった今のエイルは、初めて会った時から今に至るまでで一番要領が良かった。


(こいつ意外と逆境に強いのかもな)


 ゾンビと手分けをして爆弾を大聖堂の壁に運びながら思う。

 数ヶ月以上を共に過ごした相棒の新しい一面。

 まさかこんな場面で知れるとは思わず、つい頬が緩んでしまった。


 二つ目の爆弾のセットが終わり、エイルの元へと急ぐ。

 天使の姿が視界に入った時、彼女から少し離れた位置の闇の妙な違和感を覚えた。


(何か、ある?)


 自信は無い。

 だが、一瞬闇がうごめいた映像が脳にこびり付いてしまい、頭から離れなかった。

 そのせいで思考が脳に命令を下すよりも早く体が動いていた。


「エイルううううううっっっっ!!」


 ダッシュした勢いそのままに彼女を巻き込みながらダイブする。

 刹那、エイルが居た場所から甲高い金属音が鳴り響いた。


 痛む腕を気にしながらエイルが居た場所を見る。

 彼女が立っていた場所には銀色に煌めく一本の剣が地面を粉砕していた。


「勘が良いわねぇ」

「洞察力を褒めてくださいよ」


 立ち上がりながら剣を振るってきた人間を見る。

 襲ってきた人間は案の定鳥居だった。

 恐らく混乱に乗じて大聖堂に走った二人を追ってきたのだろう。


「ミミック、ナイフをくれ」


 宝箱からダガーに似たナイフを二本受け取り構える。


「出雲、私も」

「お前は大聖堂の方を頼む」

「でも一人じゃ」

「お前にはやるべきことがあるだろ!」


 自分を憂う天使に喝を入れる。

 彼女には大聖堂を壊したという実績と、そこから来る自信を作って欲しかった。


 確かに彼女の言う通り戦いは不安だ。

 剣の技術は残虐係で得た異能しかない。


 対して鳥居はというと、役職によってもたらされる力以上に自分の能力に自信があるようで、何処までも余裕な態度を取っている。


「……じゃあ、お願いするっす!」

「おう、任せとけ!」


 ミミックを持ち反転し、この場を立ち去ろうとする天使。

 しかし、そんな身勝手を鳥居が許すはずもなかった。


「待ちな――っ!?」

「ここは通さないですよ!」


 だが、それは出雲も同じだ。


 鳥居の進路を塞ぐべく女子二人の間に入った。


「女のやることを妨害する男はモテないわよぉ」

「子供の行いにケチをつけようとするなんて大人げないですよ」


 言葉による牽制はまずまずといったところだ。

 出雲の役目は足止めだけとはいえ、ただ喋っているだけでやたらと喉が渇いた。


「言うわねぇ。背伸びをする男の子は嫌いじゃないわぁ」

「一応これでも超悪逆組織『新生神の御使い』の副リーダ―なんで」

「そっか」


 剣を持ち上げながら金髪美女が小さく笑みを浮かべる。


「それなら正義の味方として退治しないといけないわねぇ」


 鳥居はオーソドックスに中段の構えを取った。


 対する出雲は両手に持ったナイフを逆手持ちで前後に構える。

 逆手持ちにしたのは純粋に踏み込んだ際に突きやすいという理由だけだった。


 お互いに構えを取って数秒。

 極度の緊張によって、出雲の額から一粒の汗が零れ落ちようとする。


(きついなこれ)


 正義と悪が対峙する場面は必ずといっていいほどある。

 二人の戦いはひょんなことから生まれたものだが、デバッグ作業としてもあながち間違いとはいえなかった。


 出雲の顎から雫が地面に零れ落ちるや否や、鳥居の影が消え失せた。


「っ!?」

「やるぅ」


 神速の踏み込みによる斬撃を辛うじて受け流す。

 異能によって身体能力が上がっていなければ、今頃左半身と右半身が分かれていたことだろう。


「これならどう?」


 出雲の反応を楽しむかのように金髪は次々と攻撃を繰り出した。


 左。

 上。

 また左。


 彼女が放つ攻撃は徐々にスピードが増している。

 今のところどうにか防いでいるが、ジリ貧な状況に精神の摩耗が激しかった。


「守ってるだけじゃ勝てないわよぉ」


 力任せの下方からの切りかかりを防いだことによって、腕が持ち上がり態勢が崩れる。


「もーらい!」

「あがっ!?」


 ガードがガラ空きになったことで、鳥居の左フックが出雲の脳を揺らした。

 女性とは思えない強烈なパンチに骨の軋む音が自然と聞こえてくる。


「はいっと」

「あっぐあ!?」


 そして、今度は華麗なる回し蹴りが彼の肋骨をいともたやすく粉砕した。


 痛みは我慢出来る。

 だが、胃の奥から込み上げてくる鉄の味がどうしても我慢出来ず、口から滝のような赤い液体が零れ落ちた。


「これで終わりね。あーあつまんない」


 片膝を付く出雲を見下ろす少女が言う。

 言葉とは裏腹に、顔は黒い笑みを崩してはいなかった。


「さーて、エイルさんは何処かしら」

「待ってっ」


 まともに身体が動かなかったが、辛うじて右手で相手の左足首を掴む。


「しつこい男は嫌われるわよぉ」

「っ!?」


 だがちょっとした抵抗も、反対の足で手首を蹴られたことで呆気なく終了する。

 出雲と鳥居の戦いは、5分持たずに鳥居の圧勝で幕を閉じた。


 やはり武道の心得がある鳥居と素人の出雲では戦いにすらならなかった。


(悪いエイル。止めらんなかった!)


 心の中で相棒に謝罪する。


 たった数分では大聖堂を破壊するに至る量の爆弾を仕掛けるのは難しいだろう。


 敗北。


 頭に屈辱的な2文字がよぎった時だった。


「お待たせっす!!」

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