第20バグ・神の御使い

 私は無能だ。


 それは自分でも理解しているつもりだ。


 神様達をお守りするにも、そのための武力が無い。

 

 世界を統治出来るほど頭も良くない。

 下界を管理する同僚を手伝おうとして、意気揚々と同じことをしたら国が一つ滅ぶところだった。


 事務作業はまるで上手くいかなかった。

 私が資料を作成しようとすれば、まるで頓珍漢なものが出来上がるのだ。


 仕事面においてだが、何時しか私は誰にも相手にされなくなった。

 寿命が人間よりも遥かに長い天界では、それは致命的だった。


 仕事をこなせないということは役割が無いということに等しい。


 私の存在意義って何だろう。


 段々と1人で過ごすようになって、私の頭の中は何時もそんなことで一杯だった。


 料理はそれなりに得意だが、人に振舞えるほどの腕ではない。


 人と話すのも好き。

 しかしながら、愚痴を聞くのが上手いだけで相手は私に興味がない。


 私が他人に誇れるものは無いのだろうか?


 そんなことを考え始めた時、唐突にフラウ様に呼ばれた。

 フラウ様とは面識は殆ど無い。それなのにフラウ様は私に仕事を与えてくれた。


 仕事内容は人間の喋り相手。

 誰でも出来る簡単な仕事だったが、必要として貰えただけで嬉しかった。


 私を雇った人間、出雲は良くも悪くも普通の人間だった。

 私がイメージしていた人間像そのままで、欲に忠実で時に怠惰。言葉も汚い。

 そして私を無能扱いする。


 もっと私を大事にしてくれても良いのでは無いだろうか。

 貴重な話し相手だ。

 無下に扱うな。


 だが、そんな出雲にも好ましく思えるところがある。


 彼は私を無いものとしては扱わない。

 無能を無能と分かった上で向き合ってくれている。


 腫れ物と扱われないだけでここまで嬉しいと思わなかった。


 だからこそ少しで良い。


 私は彼の役に立ちたい。

 ただの話し相手ではなく、彼の仕事を支えるパートナーとして頑張ってみたい。


 良いじゃないか。

 無能でもたまには成果を上げても。

 ほんの少しくらい良い夢を見せてくれても良いじゃないか!


 私は、


 私はっ!


 ただの無能のままでいたくないっ!!


 ★


「嫌だ。まだ、まだ死にたくないっすっ!!」


 心からの叫びだった。

 無能である自分が変わりたいと思って出したエイルの叫び。


 何を言っても火が付いた松明が放り投げられた事実は変わらず、これから死ぬという運命を変えられることは無い。


 だが、本能によって作り出された言葉は――、

 ダメダメ天使が胸の内から捻り出した声は――、


 何かを呼び起こすと思わせるような力強さだった。


 宙に舞った松明がオイルの染みた木材に触れる。


(くっそっ!!)


 その時だった。


 誰もが想像しなかった奇跡が起きた。


 エイルすら想像しなかった奇跡が。


「しゅきいいいいいい!!」


 突如現れた何者かが雄叫びと共に松明を弾いた。

 あまりに堂々たる姿に誰もかれもが言葉を失っていた。


「えいるさまをおおおおおお!」


 処刑台に現れた一匹のゾンビが放つ。


「まもれええええええ!!」


 次の瞬間、処刑台のみならず広場の至る所からゾンビが出現した。

 しかも、何処かで見たことのある顔ぶれだった。


(なんで……。一匹残らず駆逐したはずっすのに)


 広場のあちこちから上がる悲鳴の数々。

 混乱は更なるパニックを生み伝染していく。


 ゾンビに喰われたものは新たなゾンビへと変貌するものだから手を付けられない。

 鳥居を始めとした戦闘に秀でた者もこの場に居るはずなのだが、急激な変化に対応出来ていないようだった。


「落ち着きなさい! この程度の魔物、大したことはありません!」


 現実に戻ってきた鳥居が剣を振り回しながら高らかに言う。

 だが、周囲を鼓舞する声掛けは他者の耳にはまるで届いていなかった。


 その混乱の中。

 ゾンビの一匹がエイルと出雲を縛り付けていた縄を断ち切ってくれた。


「ありがとうっす」「サンキュー」

「おれいはぁぁぁぁえいるさまのおおおおきすがいいぃぃぃぃ」

「いや、それは断るっす」


 感謝はしても呑めない要求は呑めない。


「良いじゃんか。してやれよキスぐらい」

「嫌っすよ!」

「命が助かったんだから安いもんだろ」

「死んでも生き返る命はキスより価値が低いんすよ!」


(まったくこの男は!)


 出雲の評価に『デリカシーが無い』を付け忘れていた自分を恥じる。


「取り敢えず逃げるか」


 縄が食い込んでいた手首を擦りながら、出雲が提案してくる。


(逃げる? ……うんん、今ならイケるっす!)


「ゾンビさん!」

「はいぃ?」

「この街の東門前の宿屋『ジャーニー』の二階にミミックさん。えっと、宝箱があるんで大聖堂の前に連れてきて欲しいっす!」

「きすはあぁぁ?」

「ハグまでが限界っす」

「やったああぁぁぁぁぁぁ!」


 性欲に正直な奴である。


(私はお前の推しだぞ。もっと慎ましくするっすよ!)


 ゾンビが離れていったのを見て、エイルは出雲の手を掴む。


 相棒の手は思っていたよりも分厚く、そして温かかった。


「行くっすよ!」

「行くって何処に!?」


 愚問だ。

 この流れなら決まっているではないか。


「中央大聖堂っすよ!」


 エイルは悪い笑みを浮かべながら答えた

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