第19バグ・処刑

 警戒を解くべきではなかった。


 今月の出雲達にとって鳥居は敵。

 根本はバイト仲間という立場であっても、表面では相対する関係であることに違いないのだ。


 出雲は街の中心部である広場の真ん中で酷く後悔した。


 薬物によって眠らされた出雲とエイルは、揃って棒に縛り付けられていた。

 逃げられないよう縄は何重にもしてあり、二人の足元には星形に配置された薪が並べられている。


 完全に処刑台だ。

 確実に殺さんとする気概が伝わってくる。


 2人の周りには街の住民。

 今から処刑される二人を凄まじい数の人間が囲んでいる。そして、誰もかれもがマイナス感情を含んだ目でこちらを見ていた。


(マジかよ。冗談だろこんなん)


 魔女狩りの時代に使われた処刑方法に酷似している状況に身の毛がよだつ。

 フィクションでしか知らない世界の登場に、思考がついていかなかった。


 痛覚の伝達は鈍くしてある。

 また死んでも再生可能とくれば、そこまで怯える必要は無いように思える。


 しかしながら、本能が怖がっているのだ。

 思考の範囲外から生み出される恐怖が人間味の無い事実を、いとも簡単にぶっ壊してしまっていた。


 日常の死は慣れた。

 戦死も何度か体験した。


 だが、処刑は初めてだった。

 そう何度もあって良いことではない。


「なんだよ! 何なんだよこれはっ!!」


 必死に叫ぶが誰の耳にも届かない。


 民衆にしてみれば出雲は公開処刑される程のことをしでかしたただの罪人だ。

 罪を犯した者の言葉に興味を持つ方がマイノリティだろう。


 出雲が何度か気持ちを吐き出した時、突如ギャラリーにどよめきが走った。

 そして、その理由はすぐに分かることになる。


「お集まりの皆様。私の名前は鳥居。女神フラウ様の勅命により、世界の安寧を守っている者です!」


 野次馬共の前に立っていた金髪美女が言い放つ。

 意識を失う前にご飯を共にしていた鳥居だ。


「そしてここに捕縛されている2人はつい先日、1つの村滅ぼした極悪人です!」


 広場内が更に騒がしくなる。

 有象無象の衆の関心は力強く演説を行う鳥居へと向いていた。


「両手では数えきれないほどの罪無き者の命を奪った人間を、神は決してお許しにはならないでしょう!」

「私一応天の使いなんっすけどね……」


 隣のエイルが呆れた表情を浮かべてぼそりと呟く。


 彼女自身はこの状況にあまり恐怖を感じていないのか平常運転である。

 そして出雲の方はというと、冷静な突っ込みが思いの外面白く感じてしまい、ほんの僅かに心に余裕が生まれていた。


「この罪人達を生かしたままにすれば私達も同類とみなされ、いずれ私達にも天罰が落ちることでしょう!」


 民衆から怒りと嘆きの声が漏れる。


「そうなる前に我々は、神に示さなければなりません! 我々とこのクズ共は違うと! むしろ我々は被害者であると!」


 民が激しく同意の声を上げる。

 中には拳を天に突き上げる者もいた。


「いや、フラウ様の配下を殺す方が不敬じゃないっすかね」


 そんな中、また天使がぼやく。

 それは正面に居る正義の味方にも届いていたようで、次の言葉まで妙な間が空いた。


「…………ん!」


 調子を取り戻すように鳥居はコホンと咳払いを入れ、再度口を開いた。


「罪人の魂を! 皆様の信仰心を! 女神様に捧げましょう!!」


 広場のボルテージが最高潮に達したところで、鳥居は火が着いた松明を傍の兵士から受け取った。

 そして、出雲達の薪に火を付けようとゆっくりと近付いてくる。

 それも民衆の声援を浴びながら。


「あの、鳥居さん」

「何かしら?」


 正面まで来た美女が不敵な笑顔を浮かべる。


「デバッカー同士で争うって不毛だと思うんですよ。バグも無いようですしここらでやめません?」

「そうっすよ。しかも死ぬと蘇生するまで時間が掛かるっす。働けない時間が増えるのは誰のためにもならないっすよ」


 2人の言い分を聞いて、鳥居は失望したと言わんばかりに長く息を吐いた。


「貴方達にはがっかりだわぁ。この世界にも宗教や民族が存在するんだから対立や争いは絶対に発生するのよぉ。つまり、こういうことは絶対に起こり得る。だったら今のうちにテストしておくのは当然のことでしょう」

「でも、わざわざ私達で試すことはないと思うんっすよねぇ」

「それはそう。でも正義の味方である私の前に、ちょうど今悪役である貴方達が現れた。こうなってしまったら仕方ないんじゃなぁい?」


 鳥居がぺろりと唇を舐める。

 仕事云々というよりも、この状況そのものを楽しんでいるようだ。

 またそこまで論理は破綻していないだけに、出雲もエイルもこれ以上は反論出来なかった。


「じゃあ、さようなら」


 今までで一番の笑顔を見せた金髪美女がぽいっと松明を放り投げる。


 出雲の足元の木材にはオイルが染みている。

 火が付けば瞬く間に彼と天使は炎の渦に包まれるだろう。


(ああ、ここまでか)


 今月は大した仕事が出来なかった。

 だが、炎で焼かれて死ぬのも悪らしいか、と諦めた時である。


「嫌だ。まだ、まだ死にたくないっすっ!!」


 突如エイルの咆哮が広場に響き渡った。

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