第18バグ・鳥居

「あらぁ。そこにいるのはもしかして、水上君じゃあなぁい?」


 今一番会話をしたくない人物に話し掛けられ、出雲はゆっくりと声がした方を向いた。


 やはりというか当然というべきか、目の前には同僚の女性が立っていた。


 長い金髪と端整な顔立ち。それでいてスラリとした肉体を持つ、人間であればつい羨んでしまうような何から何まで揃った女子大生である。

 ただ唯一の欠点ともいうべきか、性格は少々特殊ではある。


「お、お疲れ様です鳥居さん」

「お疲れ様ぁ。こんなところで会うなんて奇遇ね」

「そうですね。それじゃあそろそろ俺達は行くんで」


 早々に話を切り上げ、立ち去ろうとしたところで首根っこを掴まれる。


「ぐぅえ!? 何するんですかいきなり!」

「折角久々に会ったんだから、親睦を深めて行きましょうよぉ」

「久し振りなのは鳥居さんが先月の会議に出なかったからでしょう!」

「だってぇ、新しいアイシャドウが出てたんですもの。仕方無いわぁ」

「俺達今忙しいんですよ。今月全然成果をあげられてなくて」

「仕事なんて適当で良いじゃなぁい」


 話が通じているようで通じてない。

 鳥居の強烈な自己中心的には出雲の咄嗟の言い訳など塵にも等しかった。


「そこの天使様もそう思うでしょう」


 突然話を振られ、エイルの背筋が伸びる。


 出雲の中では彼女とエイルは面識が無い。

 しかし、出雲がエイルを雇ったことはデバッカーであれば誰もが知っていることだった。

 給料にはこういう使い方もあるという例を女神フラウ自ら周知してきたのだから。


「エイルっす。あと立場は変わらないので『様』は要らないっす」

「そう。ならエイルさんと呼ぶわ。エイルさんもご飯食べに行きたいでしょう?」

「行きたいっす」


(おい)


 鳥居の魔の手から力ずくで抜ける。

 そしてエイルの手を掴み鳥居から少しばかり離れると、小声で話し始めた。


「何で『行く』なんて言ったんだよ」

「だって妙に圧が強いんっすもん。逆らう気が起きなかったっす」

「それは分かるけどさ」


 鳥居には言葉では現しきれない謎のオーラがある。


 良い風に言うなら高貴。

 悪く言うならば唯我独尊。


 他人の不遜は決して許さないというような。

 それとも他者を意のままに操ってしまうような

 上手く言葉には出来ないが何とも言えない雰囲気を持っているのだ。


「話は決まったかしらぁ?」


 突然二人の前に回り込んでいた鳥居が割り込んでくる。


「うわぁ!?」

「そこまで驚かなくて良いじゃなぁい。失礼ね」


 出雲の反応に不機嫌そうな表情を見せる鳥居。


「それで行くの? すぐ行くの? どっち?」

「選択肢無いんですが?」

「ニュアンスは違うでしょ」


(そういう問題じゃないんだが?)


「こうなったら行きましょうよ、出雲。役割は違っても同じ仕事仲間じゃないっすか」

「あら、エイルさん話が分かるわね」


 エイルの言葉を聞いて鳥居の顔がぱあっと明るくなる。


「まあ仕方ないか」


 いくら抵抗しようとも鳥居の思い描いたようになるなら時間の無駄だ。

 ここは彼女の言うことに従った方が変に波風が立たないことだろう。


「話が纏まって良かった。それじゃあ行きましょうかぁ。昨日煮込み料理が美味しいお店を見つけたのよぉ」


 そっとエイルの腰を回した鳥居がエスコートしていく。

 ただエイルも少しばかり警戒しているようで、訝し気な目は向けている。が、自分のことを丁寧に扱ってくれる状況はまんざらでもなさそうだった。


 彼女達の背中を追って出雲も続く。


 大聖堂を出て活気溢れる街の中へと入る。

 それからメインストリートから少し外れ、良い匂いで支配された飲食店通りへ。


「うわあ、凄いっすね!」


 今にも涎を垂らしそうなほど目を輝かせたエイルが言う。


 出雲もまた彼女の気持ちは痛いほど分かった。

 1ヶ月前までは自炊がメインで、店で出すような豪華さとは無縁の食生活だったのだ。

 漂ってくる魚や肉が焼ける香りだけで、いても立ってもいられなかった。


「ここよ」

「ふへぇ、綺麗なお店っすねー」


 見た目は何の変哲もない石造りの家だが、所々に店主のこだわりが見て取れた。


 入り口の周囲は、他とはほんのりと明るい色の石で入りやすさを醸し出している。

 また、扉への道はレンガに似た赤茶色の石を地面に埋め込むことで、夢への入り口といった風を演出していた。


 流石に鳥居がお勧めするだけの店である。


 揃って中に入ると飛び込んできたのはお洒落な空間。

 元の世界でも体験したことの無い雰囲気に、人知れず出雲のテンションも上がっていた。


「人が多いっすねー。色んな人種がいるっす」


 エイルの言う通り、店の中には老若男女の人間だけでなく初めて見るタイプの生物も存在していた。

 魚っぽい見た目だが二足歩行の魚人。花を擬人化したような可愛らしい子といった風に本当に様々だ。


「この街は宗教都市。宗教に種の壁なんて関係ないのよ」

「良い街っすねー」


 あらかじめ予約しでもしていたのか、鳥居についていくと流れるように席に着くことが出来た。

 そして注文を行い、雑談をしながら運ばれてきた料理に舌鼓を打っていると、あっという間に時間が過ぎていった。


「そろそろお開きにしましょうか」

「まだ良いじゃないっすかー。飲みましょうよーもっと」


 鳥居の言葉にエイルが異を唱える。

 彼女達は不思議と気が合うようだ。エイルは終始満面の笑顔をしていただけに、別れが名残惜しいのだろう。


「残念ながらそうはいかないの」

「えー、何でっす、か……」


 突然、手に持った杯を口元に運ぼうとしたエイルがテーブルに突っ伏した。


「あーあ、何やって――」


 潰れてしまったのであろう相方が零した酒を拭こうとしてところで、急に世界が歪んだ。


(なんだ、これ?)


 地面が揺れ、真っすぐ立てない。

 いくら足を踏ん張っても身体は全くいうことをきかなかった。


 そして、天使の頭に覆いかぶさるように、出雲もまた机の上に倒れこんでしまった。


「だってね」


 沈みゆく意識の中、出雲は鳥居が何かを呟くのを感じた。


「これから楽しい楽しい処刑ショーが始まるんですものぉ」


 狂気に満ちた言葉を最後に、意識は完全に闇の中へと落ちていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る