第16バグ・骸骨VS不死

「あーはっはっは!! 殺せ殺せ! 歯向かう人間は容赦せずに殺すっすよ!」


 火の粉が舞う集落に響く馬鹿の高笑い。

 民家は現在進行形で焼けており、何処を見ても死体の山があった。


 むせ返るような血の匂いに頭がくらくらとする。

 目の奥が熱くなり、額の皮膚が湿っぽい。


 デバッカー権限によって感覚を鈍くしてなければ、今頃嘔吐を繰り返していたことだろう。


(狂ってないと耐えきれないな)


 一歩引いた立場になってしまったことが災いして、自然と直視しなかったものまで意識してしまっている。

 残虐係が殺した人間や動物はリセット時に復活するといっても、染み付いた感覚が消えるには時間が掛かるだろう。

 まるで呪いだ。


「いたっ」


 突然背中に鈍い痛みが走る。

 反射的に後ろを向くと、骸骨が引っくり返っていた。


「すまん、大丈夫か?」

『いえ、こちらこそすみません。前を見てませんでした』


 骸骨兵士にしては丁寧な口調。

 お互いに謝罪を交わし終わると、骨の兵士は再び戦場へと戻っていった。


新生神の御使いしんせいかみのみつかい』が率いるのはスケルトンと呼ばれる骸骨兵士だ。

 知能はそこまで高くない。が、単純な命令であればきびきび働くことに加え、負傷してもすぐに元の体に戻る回復能力は目を見張るものがあった。


 百を超えるスケルトンの軍団は全てミミックが出したものだ。


 骸骨の怪物を宝として認識しているのは驚いたが、怪物を所望して出てきてしまったのだから仕方無い。

 素直に現実を受け止めるしかないだろう。


「殺せ殺せ殺せー!! ねずみ一匹生かして通すな―!!」


 青い髪と白い肌を血に染めた馬鹿天使、もとい指揮官が横切っていく。


(あいつすげぇ顔してんな)


 ちらりと見えたエイルの顔は狂気に歪んでいた。

 これが清廉潔白だと自称していたのだから、世の中何が起こるか分からないものである。


 地図上から消えかけていく村の中を歩き回る。

 あちらこちらから聞こえていた悲鳴もすっかりとなりを潜め、今は武器が肉を切り裂く音も無くなっていた。


 何処をどう見渡しても特に不審な点は見つからない。


 死体。

 倒壊しかけている家屋。

 急襲によって親子が慌てて飛び込んでいた井戸の中。

 村を囲む柵。


 一通り見て回ったが、バグらしいバグは発見出来なかった。

 バグが無いのは良いことではあるものの、何かしら発生すると予想してだけに少しばかり拍子抜けだ。


「出雲ー!」


 ぐるりと村中を巡り、中心に戻ってきたところでエイルに声を掛けられる。

 先程までの狂気に満ちた笑みは消え、すっかりいつもの無邪気な表情に戻っていた。


「どうっすか。私の見事な指揮能力は!」


 開口一番にドヤ顔を披露してきた。

 どうやら褒めて欲しいらしい。


「お前にしては中々良かったんじゃないか」


 淡々と心にもない台詞を放り投げておく。


 褒めるべきは彼女ではなく、雑な命令でもしっかりとやるべき仕事をこなした骸骨兵士である。

 本一件でエイルを積極的に褒められるところがあるとすれば、勇猛果敢に突撃して罪無き人間の命を刈り取っていた点だ。


 評価としては微妙にプラス寄りであることを考えれば、一応でも褒めておくのが正解だろう。


(下手なことを言ってへそを曲げられても困るしな)


「そうでしょう、そうでしょう。今は一通り殺し終わったんで、スケルトンさん達に金目のものを奪わせてるところっす!」


 嬉しさに身を震わしながらエイルが言う。

 あまり褒められたことが無いのか、感情が昂っているのが丸分かりだった。


『隊長!』


 そんな時、急いで駆けつけたのであろう一体のスケルトンが二人の会話に挟まってきた。


「どうしたっすか!」

『狩りや採取などで村から離れていた村民が戻ってきたのですが』

「それがどうしたっすか? 早く殺すっすよ」

『いやそれは構わないのですが……』


 骸骨が言葉を濁す。

 煮え切らない態度を続けるスケルトンに、徐々に苛立っていくエイル。

 今にもエイルの怒り爆発しそうな瞬間、


「私も殺してぇ!」


 悲鳴にも似た叫び声が木霊した。

 しかも一人だけではない。自らの死を望む声は明らかに五人を越えていた。


「何っすかこれは!」


 耳をつんざくような叫びに狼狽えるエイル。


『それがその、外に出ていた村民でして』

「し、死にたいなら殺してやるっすよ」

「えっとそれが――」

「早く殺してって言ってるでしょうがっっ!!!!」


 強烈な怒号によって骸骨の弱々しい声が掻き消される。

 反射的に声がした方に目をやると、凄まじい怒鳴り声と渋い悲鳴が轟いてきた。


「な、何が起こってるんっすか!?」


 迫りくる混沌にエイルが小者のような声を上げる。

 出雲もまた目を見開いて崩れた家の方を見た。


「だから早く殺してよお!!!!」


 血走った目をした淑女が全力でこちらに駆けてくる。

「怖っ!?」と、不意に叫んだ時にはもう遅い。

 既に手が伸ばせば届く範囲にまで近付かれていた。


「ぐるふぇっと!?」

「えいるぅぅぅぅぅぅっっっっ!?」


 エイルの鳩尾に女の飛び膝蹴りが命中する。

 衝撃によって天使が体をくの字に曲げる。そして更なる襲来者の更なる追撃によって、エイルは数メートル先まで吹き飛んだ。


「早く殺してよ。殺してって言ってるでしょ!!」

『ほねぁ!?』


 怒りに身を任せたパンチが報告に来ていたスケルトンの背骨を粉砕する。

 この場に居る彼女の標的は最早出雲だけとなった。


『気を付けてください。そいつは死にたがりの不死者です。がっ!?』


 倒れた骸骨剣士の頭蓋骨が踏み潰される。

 しかし出雲は瞬時に反応し、持っていた剣を振るい女の首を切り飛ばした。


「!?」


 首を落とした。


 だが、彼女は何ともなかったかのようにこちらに近寄ってくる。

 更にゆっくりと歩みを進める間に、磁石のS極とN極のように地面に落ちた頭と身体がくっついていた。


「そんなのありかよ!」


 不満をぶちまけた時には、拳が目の前までに近寄って来ており──、


「げっふ!?」


 呆気なく顔面にめり込み意識を刈り取られた。


 死者を操る軍団『新生神の御使い』は、突如現れた不死者によって、またしても全滅した。


 次の日、復活したエイルが爆速でデバッグ報告を送ったのは言うまでもない。

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