第15バグ・ミミック
魔獣を仲間に引き込むのに失敗した同日。
出雲とエイルは麓近くの洞窟へと足を運んでいた。
魔獣に聞いた話によると、魔物として非常に能力が高い人喰い宝箱が居るとのことだった。
「この世界にもミミックなんているんだな」
ランタンで照らした道を歩きながら出雲が言った。
洞窟の中は地面の至る所に苔が群生しているせいで、転ばないように歩くだけで大変だった。
「ミミック? なんのことっすか?」
隣を歩くエイルが聞いてくる。
(そっか。ミミックって架空の生き物だっけ?)
「まあ人喰い宝箱のことだよ。俺達の世界だとゲームで有名だから、『ミミック』って言うと、大体の人間は人を襲う宝箱を思い浮かべる」
「へー、そうなんっすねー。暇が出来たら私もプレイしてみたいっす」
「神様の世界でもゲームとかあんの?」
「残念ながらないっすねー。でも人間界にこっそりと潜り込んで遊んでる神様も多いっすよ」
「マジか。どっかで神様とすれ違ってたりすんのかなー」
他愛の無い話をしながら洞窟を進んでいく。
内部はあまり広くなく、目的のミミックらしき物体はあっという間に見つかった。
「露骨過ぎて逆に怪しくないっすね」
行き止まりとなる壁の前にポツンと置かれた宝箱。
地味な装飾でカモフラージュされているものの、四方の大きさが引っ越し用の段ボールほどあり怪しさ満点だった。
「とはいえ違和感がやばいな」
「そうっすねー。せめてただの木箱にとどめておけば、まだ引っ掛かりそうなもんっすが」
腕を組んでしゃがんだ青髪天使が言う。
「期待してた魔獣がハズレだっただけに、ひとまず実力が見たいところだな」
「開けてみるっすかー。死んだところで失うものは特にないっすし」
「俺の給料が減るんだが!?」
出雲の突っ込みを無視してエイルは宝箱を開いた。
瞬間、文字通り箱の中身と目が合った。
「ひゃあ!?」
小娘のような悲鳴を上げるエイル。
出雲もまた突然現れた大きな瞳に度肝を抜かれていた。
『人間? 人間!』
舌すら持たない怪物がやけに甲高い声で喋る。
目と箱だけなので見た目から感情は分からなかったが、声の様子から何処となく喜んでいるようだった。
「私は人間じゃないっすけど、まあ気にしなくて良いっすよ」
『宝石持ってく? それとも金が良い?』
「人喰い宝箱ってキミのことっすか?」
『剣? 弓? 槌もあるよ? ほら杖も持ってけ』
「全然人の話を聞かねーなこいつ」
金銀財宝のみならず多種多様な武器・防具を吐き出すミミックを前にして、出雲は 悪態を吐いた。
ただ一つ分かったのは、他人を無視して自分の我を通し続けるモンスターは酷く不気味だということだった。
しかし逆にこれくらい気色悪ければ、残虐係が抱える魔物としては一級だと言えるだろう。
『パンは? 米は? 飴ちゃんお食べ?』
(大阪のおばちゃんかな?)
「残念ながら私達は宝が欲しくてここに来たわけじゃないんすよ。キミの人殺しの力が欲しくてここに来たんです。私と一緒に人類を壊滅させましょう」
会話が通じないミミックに対して、一言一言に慈愛の心をふんだんに詰め込んだエイルが諭すように言った。
言っていることの後半は最低だったが。
『宝要らないのか?』
『はい。私にとってはキミ自身が宝っす』
(上手いこと言ったつもりか?)
出雲が心の中で馬鹿にする。
流石にこの場面でわざわざ口に出して文句を言うほど出雲もクソではない。
『そうか』
「はい」
『なら死ね』
「はい?」
刹那、人喰い宝箱は大きく口を開いた。
牙や歯こそ付いていないが箱の中はまるで深淵だ。
もし飲み込まれてしまえばどうなるのか検討もつかなかった。
『欲が無い奴は死ね死ね死ね死ね』
「うわぁあ、私は食べ物じゃないっすよー!?」
エイルが宝箱の上板と正面を手で抑えながら必死に抵抗する。
「訪問者に積極的に宝を渡そうとするミミックとは珍しいな」
「冷静に解説してないで助けてほしいっす!」
『死ねくたばれ消えてなくなれ』
必死にもがくエイルを見つつ、どうしたもんかと考える。
冷静になってみれば、エイルが死ぬ分には自分の懐には影響が無い。
そう考えてしまったが最後、無理やり助けるのは何か違う気がした。
「うーん」
「考えてないで早く。もう、持たないっす!」
(こいつは宝物を受け取ってほしいんだろ。それなら)
「エイル」
「何すかもう!」
「お洒落な服が欲しいって言え」
「いきなり何っすかそれ! 真剣に考えてくださいよ!」
「良いから」
「お洒落な服が欲しいっす! これで何か変わるんすか──ってあれ?」
ミミックが食べようとする動きをやめたことに戸惑うエイル。
反対に、人喰い宝箱の方は嬉しそうに服を吐き出していた。
『お前服が欲しかったのか。気付けなかった。すまない』
「えっと……。結果的に食べられなかったので気にしてないっすけど」
宝箱の怒りはすっかりと霧散したようで、すっかりと落ち着いていた。
どうやらこの人喰い宝箱。宝物を分け与えることが使命のようだ。
拒めば喰い殺される。
ゲームのミミックとは正反対だが、これはこれで利用出来そうである。
「これは民族衣装っすかね」
吐き出されたブラウスとロングスカートを手に取った天使が言う。
ミミックの中のお洒落なのか、それとも世界を構築した女神の趣味なのかは不明だったが、そんなことは些細な問題だ。
ミミックの挙動はバグの可能性はある。
が、こんな便利なものをすぐに直してしまうのは大変勿体ない。
『他に欲しいものは無いか?』
「いやー私はキミが――」
「ある!!」
エイルの言葉を遮って出雲が叫ぶ。
会話を無理やり切られた天使は、首を傾げながらこちらの方を向いた。
「怪物を出してくれ!」
出雲の言葉に、宝箱のテンションがまた一段と上がった。
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