第14バグ・魔獣

「結構登るなぁ。本当にこんなところに居るのか?」

「文句を言う前に足を動かしてくださいよ」


 組織『神の御使い』が滅んだ次の日。

 2人は樹木が生い茂る山を登っていた。


 目的は至極明快。


『神の御使い』が壊滅してしまったことで足りなくなってしまった人手を補充するためだ。


 だが、厳密にいえば探しているのは『人』ではない。

 望んでいるのはこの地域一帯で噂されている魔獣だった。


 麓の村民の情報に寄ると、魔獣は人間よりも遥かに巨大であり、その巨体から放たれる咆哮は動物の鼓膜をいとも容易く破壊するものだという。


 それだけの魔獣であれば充分戦力になる。


 そうエイルが判断した故の行動だった。


 しかしながら登山を初めて3時間。

 どれだけ辺りを見渡してもそれらしい姿は無かった。


「魔獣どころか動物も全然いないな。どうなってんだ?」


 出雲のぼやきに、前を先行していたエイルが反応する。


「魔獣に喰われたとかじゃないっすか?」

「まあ、あり得る話ではあるな。てかお前さ」

「はい?」


 足を段差にかけたエイルが振り返る。


「天使だったら飛べたりしないのか? 空から確認したらすぐだろ」

「あ……」


 出雲が言った途端、エイルの顔は瞬時に間抜けなものとなった。

 明らかに今の今まで気付いていないようだった。


「マジかお前。マジかお前!」

「いやいやいやいやいや、これには理由があるんすよ!」

「ほぅ、それならその理由というのを聞かせて貰おうか」


 焦って言い訳を並べようとする無能天使に詰め寄る。

 こればかりは自分でも馬鹿だと思っているようで、額に汗が滲んでいた。


「この世界には天使という存在はいないっすから、変な噂が広まらないよう自重してたんすよー」


(咄嗟にしては上手い訳を探してきたなこいつ)


「なるほどな」

「分かってくれたっすか」

「でも今は人気の無い山の、しかも森にいるんだから関係ないだろ」

「それはそのー。もしかしたら猟師がいるかもしれないっすしー。警戒してたというかなんというか──」

「言い訳並べる暇があったら早く行けや!」

「はいぃ!!」


 出雲にけつを叩かれるや否や、彼女は純白の羽を背中に出現させ宙へと飛び立っていった。

 一般的なイメージ通りの天使の羽を操り飛び回るエイルはやけに幻想的で、視界から消えるまでつい見惚れてしまった。


 彼女の姿が見なくなってから数分後。

 何かを見付けた様子の天使が戻ってきた。


「居たっすよ魔獣! あれだけの巨体は間違いないっす!」


 鼻息を荒げながら顔を近付けてくる。


 これで先日の失態を取り戻せたと思っているのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 とはいえ下手に突っ込んで、更にダメダメな天使に戻るのも考え物だ。


「良かったな。じゃあ俺をその場所まで運んでくれ」

「はいっす!」


 どうにか彼女のやる気を保つことに成功する。

 馬鹿と鋏は使いようとはこのことである。


「行きますよ! しっかり捕まっててくださいね」


 調子に乗った天使が出雲をお姫様抱っこし宙へと舞う。


 第三者の手によって体が持ち上がる感覚は遊園地のアトラクションに似ていたが、安全バーがないだけあってそれよりも遥かに怖い。

 しかしながら、エイルの色々と柔らかな感触と良い匂いが気になったおかげで、恐怖など微塵も気にならなかった。


 そして鬱蒼と茂る木々から抜け上空へと抜ける。


 瞬間、出雲の眼前にはつい息を呑んでしまうほどの絶景が飛び込んできた。


(……すっげぇ)


 大きな建物が殆ど無い世界というのはこんなにも遠くまで見えるのか。

 何処までも続く水平線に、心のときめきが止まらなかった。


「見えるっすか? あれっす!」


 天使の言葉によって現実に戻される。


 彼女が顔を向ける方向を眺めると、確かにこの世のものとは思えない大きさの猪に似た生物が存在していた。

 明らかに生い茂る山の木々よりも大きい。

 魔獣が通ったであろう箇所は木が倒れ禿山になっているほどだ。


「どうします?」

「ひとまず近寄って話を聞きに行こう」

「了解っす!」


 デバッカーは世界に生息する動物とのコミュニケーションも可能だ。

 狂暴な動物を扱うには都合の良すぎる力ののため、主に残虐係で用いられることが多い。


 エイルが巨大生物に向かって前進する。

 近付けば近付くほど魔獣の大きさが体感出来た。


「そこの魔獣さーん。聞こえてたら返事して欲しいんっすけど!」


 魔獣の正面に移動したエイルが叫ぶ。

 巨大な猪はこちらに気付くとほんの少し顔を上げた。


『に、人間!? 人間がボ、ボクに何の用でしょうか?』


 実際には呻き声に近いのだが、頭の奥底で日本語へと翻訳される。

 喋り方から察するに、かなり腰の低い性格のようだ。


「人の殺害に興味があって優秀な動物を探してるんっすけど、仲間になってくれないっすか? その巨体なら踏み潰すだけで蹂躙出来るっすよ!」

『いや、ボクはそんな……遠慮しておきます』

「どうしてっすか! 生まれ持った肉体を活かさず生きて楽しいんすか! 人間を殺せばご飯も食べ放題っすよ!」


 むっとしたエイルが放つ。

 彼女に取ってみれば汚名返上するチャンスなわけで、必死になるのも分かる。しかし、天使としては最低最悪なクズ発言だった。


『折角来ていただいたのに、本当にすみません。でもボク――』


 とても言い辛いのか言い淀む魔獣。

 しかし十数秒後。意を決した魔獣は口がようやく口を開いた。


『草食なんで』


 たった一言でエイルの顔は見事に引き攣っていた。


(通りで山が禿げているわけだ)


 出雲は今日初めて、エイルの運の無さに同情した。

 ちなみにダメ元で魔獣について確認してみたが、残念ながらバグではなく仕様だった。

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