第13バグ・生ける屍

「いずもぉぉぉぉ、だしゅけでくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」


 顔から流せる全ての液体を流しながら、エイルは出雲の元へ飛び込んできた。

 彼女の後方からは何かが可笑しい人間達の群れ。


 四肢が欠損した男。

 まるで聖剣の土台のように頭のてっぺんに剣が刺さった女。

 腕や足が妙な方向に曲がっているというのに歩き続ける老人。


 実に多種多様だ。


「いずもぉぉ!!」

「ぐっふぇ!?」


 平原を駆け抜けてきた天使が胸に飛び込んでくる。

 勢いが余り過ぎて頭突きのようになってしまっていたが。


「助けて出雲!」

「何があったんだよっ!」

「上手くいってたんっすよ! ちゃんとやることやったんっすよ! でも――」

「良いから落ち着けって!!」


 むやみやたらに抱きついてくる天使を無理やり引きはがす。

 しかし相当怖い思いをしたらしく、離しても離しても抱きつくことを止めなかった。


「ふっぐらったぁ」

「ひいい!? 来たっすぅ!!」


 盾にするように出雲の後ろに回るエイル。

 昨日あれほどの啖呵を切った彼女とは思えない情けなさだった。


 壊れた人間、もといゾンビ集団の方へと目を向ける。

 傷の付き方からいって死んでいるのは間違いないだろう。

 ならず者の格好をした奴も混じっていることから、エイルが築いた『天の御使い』の面子も変貌してしまったようだ。


(ゾンビ化はバグだとして、何でこいつこんなに怯えてるんだ?)


「死者だってゾンビだって今まで何回も見て来ただろう。今更何パニックってんだよお前」

「違うんすよあいつらはぁ!!」


(そりゃ噛まれれば痛いし、死んで蘇生するのにも金が掛かるけどさ)


「ひぃ!? きたぁ!」


 そうこうしているうちにゾンビの集団が近くまでやってくる。


 中々にグロテスクな光景。

 直視し続けるのは精神に来るものがあった。


「こいつら何か私ばっかり狙ってくるんすよ! 空気感染するのか増え方も尋常じゃないっすし! ほらっ、戦ってください!」

「お前もやれよ!」

「グロいのは見るだけでも生理的に無理っす!!」


 戦意喪失した心は直ぐには戻らないようで、エイルはこそこそと隠れ続けていた。

 まるでゾンビの視界には入りたくないように。


 仕方なく屍達の前に立ち腰に下げていた剣を抜く。


 出雲自身は戦闘スキルは持っていないが、デバッカー権限によって戦闘補助の異能が備わっている。今の彼はそんじょそこらの武道の達人より遥かに強かった。


 だが、それをいうならエイルも同じだ。

 彼女には昨日、出雲が持つ権限を分け与えている。

 いくら肉体的な強さが備わっていても、精神力が脆弱なら役に立たないのだと、出雲は初めて理解した。


「えいああああさまぁぁ」

「ええええええぇぇぇぇち」


 耳が腐るような呻き声を上げる死者達。

 しかしながら、剣を前に突き出し一定距離を取る出雲に対して、何時まで経っても襲い掛かっては来なかった。


 いや。


 そもそもが違う。


 屍達は出雲の方を見ていない。

 亡者達の視線は出雲の先。彼の背中にしがみ付くエイルを凝視していた。


「しゅきいいいいいい」

「いいいい。すきいいいい」


(あ?)


「なあエイル」

「何すかもう! 早くその気持ち悪いゾンビ達を天に召してくださいよおお!!」

「いやもう死んでるだろこいつら。そうじゃなくてさ」

「なんっすか!」

「こいつら何かお前に伝えようとしてね」

「ええ!? そんなわけないじゃないっすかぁ!」

「良いから少しだけ静かにしてろ」


 剣を一旦鞘に仕舞い、荒い息を吐く亡者達に近寄る。

 勿論何時でも脱出出来るように警戒は欠かさずに、だ。

 見事に四方を囲まれているが、異能で強化された脚力を用いれば飛んで逃げることは容易だろう。


「ねえ止めましょうよー」

「だから喋んなって」


 二度目の言い付けでエイルがようやく押し黙る。

 その分背中をロックする力は強まったが。


「えいいいいぃぃぃぃるぅぅぅぅさまああああ」


 一人のゾンビが喉が潰れたみたいな声を出す。


(『エイル様』って言ったか今)


「とおおおおおおっっっっ」


 今度は右腕がもがれた老女が叫ぶ


「『エイル様と』?」

「ええええええっっっっちいいいいな」

「『えっちな』?」

「ことおおおおおおしたああああい!!」

「『ことしたい』?」


 繋げて言うと。


「『エイル様とえっちなことしたい』か?」


 ……。


 …………。


(なんて?)


 理解が追い付かず思考が止まる。

 分かっていることがあるとすれば、周囲に存在するこの化物達は全員エイルにエロい願望を持つ集団だということだ。


 考えれば考えるほど頭が痛くなった。


「してやったらどうだ? えっちなこと」


 首を捻り背後で震える天使向かって言う。


「するわけないじゃないっすかぁ馬鹿ぁ!!」


 絶叫しながらエイルが後頭部を叩いてくる。

 耳まで赤く染め涙目となった天使の姿は、そこら辺にいる女子と何ら変わらなかった。


 結局、性欲モンスターと化したゾンビ達はエイルの強い要望によって一匹残らず駆逐することとなり、謎の悪の組織『神の御使い』は結成から1日にして壊滅した。

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