残虐係編
第12バグ・駄天使
「いけー!! 男と老人は問答無用で皆殺し。女と子供は捕らえて奴隷にするっすよー!!」
天使として至極最低な発言と共に、馬鹿は村の方角へと剣を向けた。
彼女の号令を耳にしたならず者の群衆は、誰もが笑みを浮かべながら小さな村へと突撃していく。
今の彼女は金品の強奪や殺人、強姦といった悪逆非道な行いを生業とする組織、『
最初にこの役目に就くと宣言してきた時は驚いたが、こうして実際にやっているところを見ると、出雲よりも遥かに悪役が似合っていることが分かる。
(こいつ本当に天使か? 堕天使の間違いじゃないのか?)
悪魔のような笑いを浮かべるエイルの横で出雲はふと思った。
途端、彼女が突然こちらを向いたせいで自然と頬の筋肉が硬直してしまった。
「はっ! どうっすか私の華麗なる指揮は!」
気色の悪い自信満々な笑みを向けてくる。
「あー良いんじゃないか。好きにしろよ」
「あぁぁあ!? そうやって上から目線でいられるのは今のうちっすからね!」
と言い残すと、彼女もまた村へと突き進んでいった。
置いていかれた出雲の方はというと、見晴らしの良い草原の上で一人動かずにいる。
村まで百メートル程度しか離れていないだけあって、部下の動向や村民達の無残な様子はしっかりと確認出来た。
そして、嬉々として殺人を行うエイルの様は特に目についた。
パートナーであるはずの彼女がここまで出雲を敵対視しているのには理由がある。
それは残虐係に変わって初日のことだった。
★
「何でっすか! 何で今回私はお留守番なんすか!」
リーダーと副リーダ専用のテントの中でエイルは喚いた。
テントの壁は布一枚であるため、外にいる組織員にも聞こえてしまう可能性がある。
にも関わらず彼女の声量が強かったのは、それだけ出雲が放った内容が不満だったからだろう。
「いやだってお前仮にも天使だろ。今回悪いことするのが役目だぞ」
「出来るっすよ! 馬鹿にしないで欲しいっす!」
「良いのかよそれで!」
何故か胸を張るエイル。
最早出雲には天使という存在が良く分からなかった。
「あ、もしかしてこの仕事をする前はそういうことやってたとか?」
「そんなまさか。私は天界でも清廉潔白で通っている天使ですよ。そんな汚れ仕事とは縁もゆかりもないっすよ」
「いやいやいや。じゃあ何でそんな自信満々なんだよ!」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれました!」
偉そうに声を張り上げるエイル。
「この日のために密かにイメージトレーニングを積んでいたんすよ!」
(あ、やっぱこいつ馬鹿だ)
「イメトレで仕事が出来んなら苦労ないだろ」
「あ、もしかして疑ってんすか!」
「疑ってるも何も丸っきり信用してないんだが。そもそもお前不器用だろ」
「私だってやる時はやるっす!」
出雲の言い方が癇に障ったのかエイルが詰め寄ってくる。
しかし出雲は構わず続けた。
「今までそう言って出来たことロクにないだろ」
この言葉が彼女の琴線に触れてしまったようで、エイルは「あぁ!!」と、今にも出雲に掴み掛らんとする勢いで激昂した。
「私だって、私だってやれば出来ますよ! この前だって赤ちゃんの面倒を見てたのは私じゃないっすかぁ!! 食事だって作ってましたよ!!」
「逆に言えばそれだけだろ。それ以外のところは、てんで駄目だっただろうが」
(そもそもこいつにそんなことは求めてない)
とは言えなかった。
そこまで言ってしまったら、エイルのプライドが元に戻れなくなるところまで傷ついてしまう、と直観的に悟ってしまったから。
「分かりました。あー分かりましたとも! 今回の残虐係で私が役に立つってところを見せてやるっすよ。私の有能さに度肝を抜かれることになっても知らないっすからね!」
「特に期待せずに見守ってるよ」
子供をあやすような態度に更に腹を立てたのか、顔どころか耳まで真っ赤になっていた。
出雲の口調がもっと単調な言い方であれば、今頃涙を流しながら地団駄を踏んだことだろう。
「組織の権限は何から何まで私が貰うっすからね!! 絶対見返してやるっす!」
貯まりに貯まった感情をぶつけ終わるや否や、天使はテントの外へと出ていった。
テントに1人残った出雲は一呼吸置くと、大袈裟に地面へと腰を下ろした。
(あいつもあいつなりに気にしてるのかね)
本当に無能な奴はあんなことは言わない。
自分自身の力を理解しているからこそ出てくる言葉だ。
「ま、お手並み拝見だな」
出雲はすっかり騒がしくなった外界を気に掛けながらぼそりと呟いた。
★
(それからエイルが一晩で自称最強最悪の組織を構築して今に至る、と)
出雲はしばらくの間村の方を眺めていたが、あまりの順調っぷりに途中から様子を見るのを止め火を起こしていた。
たまには天使の働きぶりを労ってやろうと、彼女が大好きなラーメンを作るためにだ。
残念ながら彼女が備蓄しているインスタントを使うことになるが、彼女ならば充分喜ぶことだろう。
そう思って湯を沸かしていた時、村の方からの悲鳴も小さくなった。
どうやらある程度方が付いたようだ。
「出雲おおおおっっ!!」
鍋の中の水泡が大きくなってきた時、不意にエイルの叫び声が聞こえてきた。
(お、報告かな? 怒っててもちゃんとやるべきことが分かってるとは成長したな)
心の中でエイルのことを褒めながら立ち上がる。
そして、改めて村の方角を眺めると、懸命にこちらに向かって一人走る天使の姿があった。
「いずもぉぉぉぉ、だしゅけでくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
それも涙と鼻水と涎をこぼしながら。
彼女は今、体に剣や斧、槍が刺さった人間の群れに追い掛けられていた。
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