第8バグ・成長速度

 子供が出来る期間や生まれるまでの時間が短くとも、赤ん坊が育つ速度は普通なのか。


 それが出雲が子育てをする上で最初に抱いた感想だった。


 四六時中泣きわめくだけ泣きわめき、眠りたい時に好き勝手に眠る。

 それが今のところ三日間続いている。


 徐々に大きくなっている気はするが、今までのように異常な点は特にみられなかった。


「しかし子育てって大変っすねー。こう騒がしいと夜も眠れないっすよ」

「お前毎日いびきかいて寝てんじゃねーか。夜中に起きてるところ見たことないぞ」

「眠りが浅いんすよ」


 のほほんと返す馬鹿天使に殺意が沸いたが、こいつはこいつで昼間に世話してもらっているので強くは言えない。

 深く世話をしている出雲やエリスよりも懐いているのは解せないが。


「出雲も寝てて良いんっすよ」


 赤ん坊を抱っこしながら天使が言う。

 夜泣きによって疲れ果てたエリスは彼女の厚意に甘えて昼寝していた。


 出雲も目の下にクマが出来ている。

 しかし、エイル一人に任せておくのはとてつもなく不安だったため、こうして起きているというわけだ。


「それにしてもこの子、産まれた時のモザイク以外は特にバグらないっすね」

「良いことじゃないか。たまにはバグが無い時があっても良いだろ」

「そうっすね。平和な世は何時だっていいもんっす」


 エイルがぷにぷにした赤ちゃんの頬を突き出す。

 子供が嫌がると思いきや、人差し指に興味津々なのか暴れることもなかった。


「そういえば、この子に名前付けないんっすか」

「何かこの地方の風習で、生まれて一ヶ月は名前を付けないらしい」

「ふーん。変わったルールっすねぇ」


 赤ん坊を中心にクルクルと右方向に回り始めるエイル。

 メリーゴーランドのように回転するのが楽しかったか、赤ん坊は更にご機嫌になっていた。


「ふえ?」


 唐突にエイルが妙な声を出し動くのを止めた。


「どうしたんだ?」

「何か急に重くなったような気がして」

「そんな馬鹿な。うんこじゃないのか」


 反論すると、それなら実際に確かめてみろと言わんばかりの表情で赤ん坊を渡された。

 彼女の言う通り、ついさっき持った時よりも僅かに、いや少し重くなっている感じがした。


「確かに重いな」

「でしょ。え!?」


 エイルが驚きの声を上げる。

 そして、恐る恐る赤ん坊の下唇をめくった。


「歯が生えてるっすよ!」

「本当だ? でもそりゃ人間なら生えるだろ」

「馬鹿っすか! 人間の赤ちゃんが歯を生やすのは生まれてから3ヶ月くらい。1週間で生えるなんて普通なら有り得ないっす!」

「マジか!」


(と、いうことは、だ)


「今、急成長したってことか」

「一時間前までは普通だったっすから、きっとそうでしょうね」

「何でだ? そんな変なことはしてないと思うが」


(食べ物か? いや、まだ母乳与えてない)


 日の光かと思って窓から空を見る。

 太陽は至って普通だ。


(他に考えられる変な点は……)


 思わずエイルの方を見る。

 出雲の視線に気付いたのか、彼女はあたふたし始めた。


「もしかして、私を疑ってます?」

「まあ、お前が赤ちゃんを待ってこうなったからな」

「違いますよそんな!」

『ふぇ』


 エイルの反論が赤ん坊の琴線に触れてしまったのか、ダムが崩壊したかのように赤ん坊が泣き叫び始めた。


『やああああああああああっっっっっっ!!』

「ほらほらっ、怖くないでちゅよー。何もないっすからねー」

「えっとえー、べろべろばー」


 赤ちゃんの起源をとるために二人して摩訶不思議な行動を取る。

 それでも泣き止むことは無く、急いで赤ん坊をエイルに渡す。


 そして、エイルが左回転しながら全力であやしたところで、ようやく赤ん坊の起源が戻った。


「はぁはぁ、赤ん坊の前で喧嘩はご法度っすね」

「そうだな。俺も悪かったわ」


 重い息を吐きながら椅子に座る。


(子供の面倒を見るのってバグを対処するより難しいな……)


 改めて子育ての難しさを知った瞬間だった。

 まだ高校生だというのに。


「あれ?」

「ん、どうした?」

「何かこの子」


 エイルが不思議な様子で赤ちゃんを上下する。


「この子さっきよりも軽くなってるす」

「んな馬鹿な。急に重くなったり軽くなったりするかよ」

「うーん。私の気のせいかもしれないっすけど、取り敢えず持って欲しいっす」


 再度差し出された赤ちゃんを抱いてみる。

 泣き叫ぶ前はずっしりとしていたが、今はそこまでの重さは感じなかった。


「マジだ。軽くなってんな」

「でしょ。これはバグっすかね?」

「可能性は高いな」


 言って、子供の口内を見てみる。

 さっきまであったはずの歯が最初からなかったかのように消えていた。


「歯まで消えてんな」

「さっきの騒ぎで折れたっすか?」

「何処かにぶつけたりはしなかったから、流石にそれは無いわ」


(つまり考えられる可能性は……。あとは発生条件だけど)


 エイルの行動から一つの答えを思いつく。


「エイル、この子持ってくれるか?」

「またっすか。いいっすけど」

「で、左に回ってくれ」


 言われるがままにくるくる回転するエイル。


「いつまで回ればいいんすか?」

「良いって言うまでだ」


 天使がひたすらその場で回り続ける。

 すると、6周を超えたあたりでエイルが驚いたような顔をしていた。


「あれ? 何だか更に軽くなったっすよ!」

「じゃあ、次は右回りしてくれ」


 今度は右回転し続ける天使。また、6周目でエイルが止まった。


「重くなったっす!」

「あー、じゃあ予想通りか」

「どういうことっすか?」

「赤ちゃんは時を遡ったり未来に進んでたりしたんだよ。右回転は未来に。左回転は過去にって感じでな。だから体重が増減したり、歯が生えたり消えたりしたんだ」

「なるほどっす!」


 問題が解決したところでウィンドウを出しバグ内容を記載する。

 一通りの内容を記入して転送した時には赤ん坊はすやすやと寝静まっていた。


「解決して良かったっすね」

「まあな。でも結局バグが見つかったな」

「いやいやここは、発見が難しいバグを見付けたと誇るとこっすよ」


 出雲は悲観的に捉えたがエイルは真逆だったようだ。

 こればっかりはどちらが悪いということはなく、ただの性格の違いだ。


「ところでエリスさん全然起きてこないっすね。結構ドタバタしてたのに」


 エイルが何気ない様子で言う。


 一個問題が解決するとまた新たな問題が起きる。

 出雲は迫りつつある脅威にこの時はまだ気付かなかった。

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