第7バグ・モザイクの種類

 とうとう子供が産まれる日が訪れた。


 子供を授かってからまだ一週間しか経過してないが、どうやらこちらも仕様らしい。


 何をどう考えて自然の摂理を書き換えたのかは分からないが、摂理を作り出す側が決めたのだから文句を言うことも出来ない。


 かくして出雲は、家の外で子が産まれるのを今か今かとそわそわしながら待っていた。


「いずれリセットされちゃう出来事に何をそんなに緊張してるんっすか?」


 同じく外で待つエイルが言う。


 産婆の手伝おうとしたところ、邪魔しかしないので追い出されたらしい。

 どんな時でもぶれないのは流石という他無い。


「例え将来的に消えてなくなることでも、今この瞬間は事実だろ。何か妙に実感があるつーか」

「そんなもんすかねー」

「お前も大人になれば分かるよ」

「まだ高校生の子供がえらそーに」


 至極真っ当なことを言って、エイルは何故かマイペースに歩き始めた。


「何処行くんだよ」

「お祝いの花でも摘んでくるっすよ」


 軽く右手を上げて立ち去るエイル。

 残された出雲はただただ彼女の背中が見えなくなるまで見つめていた。


(この世界に居ると分からなくなるけど、俺まだ高校生なんだよなー)


 家の近くの切り株に腰を下ろし頬杖をつく。


 仕事があり。

 可愛らしい嫁がいる。

 子供だって出来た。


 しかし、それは全て設定でありいずれ消えてしまう空想みたいなものだ。

 この世界の自分がいくら真っ当な生活を送ろうと、元の世界の自分には一切関係ない。


 ここは一種の仮想空間のようなものだ。

 仮想空間で物を得ても何の意味が無い。


(本当にそうだろうか)


 確かに恋愛をした過程も体験してなければ、童貞を卒業したという感覚も無い。


 だが、バグを通してエリスとは向き合ってきた。

 幼馴染みというフィルターを利用して、彼女という存在を一番見たのは今のところ自分だ。


 この経験は決して無駄にはならないだろう。

 ただ、大人に近付いたかと問われるとこれまた難しいところだが。


「産まれたよ!」


 物思いにふけるうちにかなりの時間を浪費してしまったらしい。

 額に汗を滲ませた産婆がドアを蹴破るような勢いで家から出てきた。


「アンタ早く行っておやり!」


 婆さんの鬼気迫る言葉が言い終わるまえに、出雲は彼女の元へと駆けていた。


 仮想でも嘘でも虚構でも、子供が生まれるという体験は未知だ。

 こんな貴重な場面を味わえるとなってテンションが上がらない訳ないだろう。


「エリス!」


 寝室のドアを開けた途端、赤ん坊の泣き声が耳に届いた。

 見ればベッドの上で力無く微笑む彼女が胸元で何かを抱きかかえている。


 何故だか無性に心が震え涙が出そうだった。


「おめでとうエリス! よく頑張ったな」


 思いついた賛辞を放ちながら彼女達の傍へと近寄る。


「ありがとう。これが私達の子よ、抱いてあげて」

「うん」


 言われて、彼女が両手で差し出してきた何かを受け取ろうとする。


(……)


(…………)


(………………ん?)


 はっきりと何かを見て感動が消え去ってしまった。


 何かだった。

 赤ん坊ではない。

 何処からどう見ても『何か』だった。


 具体的に言えば白黒のモザイクが掛かっており、どれだけ目視しても判別付かなかった。


 泣き声は人間の赤ちゃんだ。

 しかし、見た目は白黒の謎の物体である。


「どうしたの? 受け取って」

「う、うん」


 彼女から急かされ、流れでそれを手に取ってしまう。

 とても柔らかな生温かい。少し力を加えてしまえば壊れてしまいそうなほど儚い。


 こんなにも生命の神秘を感じているというのに、何を抱いているのか全くと言っていいほど実感が無かった。


(赤ちゃんが公序良俗に反するとでもいうのかよ、女神様)


「ありがとう」

「うん」


 赤ちゃんの泣き声が激しくなったため、エリスの元へと返す。

 すると段々と落ち着いていったものの、今度は窓から差し込む謎の光によって見えなくなっていた。


 見間違いかと思い少しだけ横にずれる。

 今度はエロ本によく出てくる黒塗りによって見えなくなった。


(角度によって変わんのかよ。てか、パターン多いな!!)


 バグなのか仕様なのか分からない事象に少しだけ苛立ちが募る。

 しかし、幸せそうな嫁の表情を見ると、怒りの感情も何処かに吹き飛んでしまった。


「エリスさんおめでとうっす!!」


 そんな時、花束を腕一杯に抱えたエイルが部屋に入ってきた。


「うげっ!? 何すかエリスさん、その白黒の塊!?」


 出雲は凄まじい速度馬鹿天使へと距離を詰め、脳の代わりにスポンジが入っているであろう頭を叩いた。


「ちょ、何するんすか出雲!」

「うるさい黙れ」


 反論を返す暇を与えずに更に追撃する。

 彼女の頭は摘んできた花によってお花畑が出来ていた。


 今度こいつの口にもモザイクを掛けて貰おう。


 出雲はエイルの頭を叩きながらひっそりとそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る