第5バグ・子供が出来ました

 エイルがラーメンどんぶりを洗う水の音を聞きながら、出雲はテーブルを挟んでエリスと向き合っていた。

 満足そうなエリスとは対照的に、彼の顔は青白かった。


「ちょっと聞き取れなかったから、もう1回言って貰える?」


 出雲がばつが悪そうに言う。

 正面の少女は満面の笑みを浮かべて彼の問いに答えた。


「だから出来ちゃったの」

「出来たって何が?」

「私達の赤ちゃん」

「は?」


 彼女は立ち上がると大きくなったお腹を見せてきた。

 確かに肥満によるものではなく、明らかに胎内に何かが入ってそうな膨らみ方だった。


「おー、おめでとうっすエリスさん。今日は御馳走作らなきゃっすね」


 洗い物を終えたエイルが会話に入ってくる。


「ふふ、ありがとうエイルさん」

「いやいやいや、何和んでんの!?」


 1人狼狽えていると、何を今更といった目でエリスが見てきた。


「何って、イズモは赤ちゃんが出来たことを嬉しく思ってないの?」


 怒りにも悲しみにも似た表情をするエリス。

 途端に重くなる空気に、これは不味いとばかりにエイルが間に入った。


「いやー、出雲は嬉しすぎて気が動転してるんっすよ。許してあげて下さい」

「まあ、そうだったのね。こっちがビックリしたわ」

「いや、俺は──」


 反論しようとしたところで、エイルに口を塞がれ耳打ちされた。


「おかしいのは分かってるっすから。どうせあと一週間もすればこの世界はリセットされるっす。そうすれば赤ちゃんの設定は書き変わります。気にしなくて良いっすよ」


 エイルの言う通りだ。

 今回の仕事が終われば今の世界で起きたことは全て消えてなくなる。

 厳密にいえば出雲とエイルが居たという設定は、出雲達ではない第三者へと変わる。


 と、いうことは慌てる必要性は何処にもなかった。


「ご、ごめん。いきなりのことでどうかしてた」


 右手で後頭部に触れながら小さく頭を下げる。


「改めておめでとう」

「うんん、いいのよ。こっちも責める言い方をしてしまってごめんなさい」


 エリスもまた頭を下げてくる。


「さあお互い謝ったところで今日はお祝いっすよ! 腕によりを掛けてご馳走を作りますよ!」

「いや、料理の腕って言ってもお前のは黒焦げ製造機じゃねーか」

「酷い! 私だってラーメンぐらい作れますよ」

「ラーメン作る気だったのかよ! お前さっき食ってただろ!」

「ラーメンは何時食べても良いじゃないっすか!! ラーメンアンチっすか!」

「そういうわけじゃないけど、ご馳走ならラーメン以外も欲しいだろが」

「うふふ、それならみんなで作りましょう」


 エイルとの喧嘩に仲裁に入ってくるエリス。

 今一番不安定なのは彼女のはずなのに、2人よりも遥かに大人だった。


「じゃあ私達で材料買ってくるっすから、エリスさんは待っててください。ほら行きますよ出雲」

「分かったから引っ張んなって」


 馬鹿天使に引っ張られながら家の外へと出ていく。

 去り際に「行ってらっしゃい」と微笑むエリスの顔は不思議な色気があった。


「じゃあ私が色々調達してくるっすから、出雲はバグ報告しといてください」


 外界に出るなりエイルが言う。


「お前一人で大丈夫か?」

「小さい子じゃあるまいし、お使いぐらい一人で行けますよ」

「不安しかないんだが。知能は小学生レベルだろお前」

「ふん、私だってこれぐらいのことは出来るってところを見せてやるっすよ!」


 エリスが胸を張って言い放つ。


「まあ出来るのが普通だからね」と、言いそうになったが堪える。

 これ以上くだらないやり取りで時間を無駄にしたくはなかった。


「んじゃまあ頼んだ」

「はい、任されたっす。あとで私の優秀さに泣かないでくださいよ!」

「はいはい」


 意気揚々と道具屋へと走っていく天使を見送りながら、家の裏手へと回る。

 そして、ウィンドウを出して昨日の夜からの一連の出来事をこと細やかに報告した。


「ん?」


 報告が終わってウィンドウを閉じようとした時、不意にアラーム音が鳴った。

 ウィンドウに再び目を通すと、デバッグ報告欄の右上隅に赤字で『!』が付いている。

 どうやら先程送ったデバッグ報告に対して爆速で返信が来たようだ。


「何だろ?」


 頭の上に疑問符を浮かべながら報告欄を押す。


「えっと、『仕様です』か。そうか仕様か……あ、仕様!? え、全部!?」


 余りに衝撃的な内容に何度もメッセージを読んでしまう。

 しかしどれだけ見ても表示されている内容は変わらなかった。


(つまりこの世界では子作りえっちすると本人達の時間は飛ぶし、赤ちゃんが出来るのも爆速ってこと!?)


「終わってんなこの世界……」


 ジャパルヘイムを作成した女神の計らいに頭を抱えながら、出雲は自然と空を見上げた。

 何処までも青く透き通った世界が見ていると、元の世界と同じような風景にやたらと心が落ち着いた。


「エイルの様子でも見に行くか」


 ぼんやりとしながら出雲は道具屋へと歩を進めた。

 

 そうして様々な行商が集まるこの村唯一の道具屋に入店する。

 途端、案の定ラーメンの材料ばかり買い漁る馬鹿天使の姿が瞳に映った。

 

 自然な動きでエイルの頭を叩くと、残っていたもやもやのカスはすっかりと吹き飛んでいった。

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