第2バグ・女神フラウ
時給1250円。
一介の高校生である出雲にとって、時給1250円はとても甘美な言葉だった。
出雲が暮らす県の最低賃金は910円。
コンビニバイトの給料が920円であることを考えると破格の賃金だ。
ただ、バイト募集冊子の内容には引っ掛かるところもある。
例えば『年齢不問。誰でも出来る作業です』はまだ良い。
『衣食住完備』。
『食』と『住』は理解出来るが、『衣』まで含まれるのは良く分からなかった。
作業に使うツナギでも支給してくれるということだろうか。
そして一番意味が分からないのはとある一文。
『異世界をデバッグするだけの簡単な仕事です』だ。
これだけは何度見返しても、これといった回答が見つからなかった。
(ま、ゲームのデバッグ作業か何かだとは思うが。ヤバい仕事ならもっと給料は高いだろうし)
楽観的に捉えながら、出雲は面接会場のあるビルのドアをくぐった。
「は?」
自分でも引くほどの間抜けな声が出た。
ただの雑居ビルのロビーと思っていたら、実際に視界に映ったのは謎の電脳空間とくれば驚かない方が無理がある。
「どうなってんだ、これ」
どれだけ辺りを見渡しても、前後上下左右に薄い線が引かれている。
通ったはずの後ろのドアはまるで最初から存在していなかったように消えていた。
「ようこそ神の御前へ。水上出雲」
「うわぁ!?」
突如何もなかった場所から女性が現れる。
あまりに突然の出来事に後方に倒れこんでしまった。
「現代日本人はみんな同じ反応をするのね。そろそろ違う反応を見たかったわ」
「な、何なんですか貴女は!?」
モデルのように美しい女性を前に言い放つ。
「君がアルバイトに来た仕事の責任者よ」
「はぁ?」
信じられないといった視線を向ける出雲。
対する女性は長い黒髪の先を弄りながらつまらなさそうに呟いた。
「本当にみんな同じ台詞同じ態度。ここまで一緒だと国民性かしらね」
「あの、全然話についていけないのですが」
「気にしないで頂戴。面倒くさいからさっさと本題に入りましょうか」
和装の黒髪美人が指を鳴らすと、いつの間にか出雲はソファの上へと座っていた。
全く知覚出来なかった刹那の出来事に、再び頭の中が疑問符で埋め尽くされた。
「仕事内容は、私が夏休みの自由研究で作った世界をより良くすること。貴方はただ世界のバグを見つけて報告してくれれば良い。簡単なお仕事でしょ」
(え、異世界? って、バイト冊子に載ってた情報は本当だったのか!?)
「マジで言ってるんですか?」
「マジマジ大マジ。神はたまにしか嘘を吐かないわ」
「たまに吐くんですね」
「神様だって完全ではないもの。当然よ」
クスクスと美女が笑う。
話を聞いただけではこれっぽっちも信じられなかったが、そもそも今自分がいる状況がまず狂っているのだ。
不安は勿論あるが、それ以上に興味の方が強かった。
「具体的には何をすれば」
「あー、話すの面倒だからあとは勝手に理解してくれる?」
「は?」
自称神が指で甲高い音を立てると、不意に頭に電流のような痛みが走った。
続いて込み上げてくる知らない情報の数々。
自然と湧き出た脂汗を気にしながら神様に注目すると、何故か無性に正面に座る女性が女神だと納得出来た。
「理解出来た?」
「は……はい。何とか」
「おっけー。じゃあ、問題無かったらこの契約書にサインして」
女神が両手を叩くと、出雲の正面に電子画面が表示された。
色々書いてあるが、要は労働内容や労働時間、条件に同意するかどうかを聞かれているようだ。
「あの雇用条件には特に異論は無いので、これはただの質問なんですが」
指一本で契約書に名前を書きながら言う。
与えられた知識の中では不満が無い。
異世界からバグを無くすまでこちらの世界に帰れない。しかし、異世界に居る分だけ1時間に1250円貰えるというのだ。
しかも、こちらに帰ってきた時は異世界に行った直後に時間を戻してくれるというのだから良心的だ。
が、労働条件に不満がないからこそ聞いておきたいこともある。
「なーに?」
「本当にこの条件なんですか?」
「ええ。与えた知識に何ら嘘はないわ」
出雲がサインし終わると、視界に映る世界が急に変化を始めた。
「さあ行ってらっしゃい。異世界は貴方を求めているわ」
「あ、すみません。最後に名前を良いですか!」
何もかもが白く染まり行く世界の中で、和の女神が小さく口角を上げる。
「フラウよ。雇用主の名前はしっかりと覚えておきなさい」
その言葉を最後に女神フラウは姿を消した。
いや、正確に言えば消えたのは出雲の方だったのだが。
そして、異世界に到着した出雲はフラウの言葉が間違っていなかったことを思い知らされた。
また、説明が足りていなかったことも。
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