10話 何気ない休日。運命を決める休日
意外にも、計画はとんとん拍子に進んだ。
百瀬さんから『来週の土曜日に六見とショッピングに行くことになった』と告げられたのは、二人で計画を話した日から、わずか数日後だった。
慌てて二村に、苦手な数学2Bの参考書選びに付き合ってほしいから七谷とつなげてほしいと頼むと、気のいい二村は二つ返事で了承してくれた。
二村から土曜だと陸上部の練習があるから行けない、と断られかけたのは誤算だったが、百瀬さんにそう伝えると、あっさりと予定を日曜日にずらしてもらえた。
順調すぎて嫌な予感さえしたが、俺たちにとって最悪のシナリオは当日二組のグループが出会えない、ということだけだ。
逆に言えば、二人が出会えなかったとしても、俺は七谷と交流を深められるし、六見の”他人と外出する”というハードルを下げることができる。
予定さえ決まれば、”百瀬さんと六見が仲良くなる”こと以外、この計画にマイナス面はないはずだった。
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計画当日。
俺が目立つわけにはいかないため、地味なパーカーに身を包み、15分前には待ち合わせ場所で待機していた。
七谷が現れたのは待ち合わせ時刻のきっちり5分前。初対面だったため自己紹介から始め、今日のお礼とたわいのない話をしつつ二村を待った。
二村を待つ15分程度の時間で分かったのは、思いのほか七谷はよく喋るということ。勉強に関してはとくに、水を得た魚のように流暢かつ分かりやすく話をしてくれた。
そしてもう一つ、彼は聞き上手でもあった。穏やかで優しそうな見た目通り、俺のつたない喋りや質問を、彼は急かさずきちんと聞き、答えてくれた。
もったりした重めの黒髪とメガネのため、少し暗そうな印象を受けるが、話してみると本当に善人なのだということが分かる。
そういえば、計画を練るのに必死で七谷に恋人がいるのか確認することを忘れていた事に気付いた頃、10分ほど遅れて二村がやってきた。
「すまーん、遅れた」
「おい、一応俺ら初対面なんだから、お前が遅れるなよな」
思わず俺が二村をこづくと、二村は悪びれる様子もなく、おどけた口調で謝る。
「すまんすまん、いつもの調子でつい」
「頼むから普段の遅刻癖も治してくれ」
いつも通り軽口を叩いていると、後ろから優しい視線を感じた。
振り返ると、仏のような顔をした七谷が、黙ってこちらを見てほほ笑んでいた。
「ど、どしたの、七谷くん」
「いやぁ、二人は本当に仲が良いんだと思ってね。一条くんは二村くんに、すっかり気を許しているようだ」
あははと快活に笑う七谷。
同級生とは思えないその風格に、俺は正月にしか会わないのにやたら馴れ馴れしい親戚のおじさんの姿を重ねていた。
そんななか二村がひょこっと顔を出し、七谷を見てけらけらと笑う。
「七谷ちゃんは相変わらずの紳士ファッションだな~!」
「な、へ、変だったか?」
「いんや、超似合ってる!お前のために作られたんじゃねぇかってほどハマってる!」
「そうか…良かった」
二村の言葉にほっと胸をなでおろす七谷を見て、初めて年相応の雰囲気を感じる。
確かに真っ白のポロシャツに深い茶色のジャケットをはおっている姿は、顔や話し方の印象も相まって高校生には見えない。
大学生を通り越して、中堅サラリーマンと言われてもおかしくない服装だ。
このタイミングで聞いておくしかない、と俺は覚悟を決め、普段通りをよそおいつつ話を振った。
「た、たしかに七谷くんって服のセンスいいね。彼女さんとかに選んでもらってるの?」
「あ、そ、それは…」
七谷の顔がかあっと赤く染まる。
初めて言葉を濁した七谷に、俺の顔は彼と正反対に、さっと青ざめていくのを感じた。
その反応はもしや、彼女がいる…?
俺たちの不穏なムードをぶち壊したのは、二村の高らかな笑い声だった。
「一条、お前ほんっとうに話の振り方下手だなぁ!!!あひゃひゃひゃひゃ」
「は?…え、そんな変だった?」
「変過ぎるわ!七谷に片思い中で彼女の有無を探ってる女みたいだったぜ」
「…!」
図星ではないにせよ、そこまで分かりやすい聞き方をしてしまっていたのだろうか。
あまりの恥ずかしさに思わず顔を手で覆うと、二村はさらに笑い声を大きくする。
その様子を見て申し訳なく思ったのか、七谷はいつものはきはきとした口調とは違った、弱々しい口ぶりで話し出した。
「すまない、変な空気にしてしまったのは僕のせいだ。その、まず、彼女はいない。服は…いつも母親が勝手に買ってくるものだから、言うのが少し恥ずかしかっただけだ。気を悪くしたなら、本当にすまない」
「そんな謝るなよ。俺も何か変な聞き方しちゃったし」
”彼女はいない”の一言でだいぶ余裕ができた俺は、何とか七谷に気を遣わせないよう、笑顔を作って見せる。
二村は自分の友達同士が仲良くなるのが面白いらしく、終始ニヤついた笑みでこちらを見てきて、かなりうざったい。
けれど同時に二村が心強くもあり、とりあえず集合した俺たちはショッピング施設1階の本屋へ向かうこととなった。
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一つ誤算だったのは、参考書を選ぶのにそこまで時間は要さないということだった。
百瀬さんとの計画では、10時にそれぞれ集まって買い物をし、昼飯を食べる際にフードコートでたまたま出会うという算段だったが、数学だけでなく他教科すべてのおすすめの参考書を聞いても、ものの15分で解説が終わってしまった。
すすめられたチャート式問題集を抱え、「買ってくるから待っといて」と2人に告げて背を向けた瞬間、俺はスマホを取り出し高速で指を動かす。
『ごめん、計画が狂った。もう本屋出るかも』
百瀬さんに慌ててメッセージを送った後時計を見ると、ちょうど10時半を回ったところだった。
女性が服を選ぶ時間がどの程度かかるのかは知らないが、30分程度では済まないだろう。
そわそわしながら会計の列に並んでいると、思いのほか早く握っていたスマホからバイブ音がなる。
『逆に助かる!先に紳士服売り場に行くことになったから、3階にいるよ!』
百瀬さんから来ていたメッセージを呼んで、少しの安堵と緊張が同時に襲ってくる。
紳士服か…。3階は若者向けのテナントは少なく、服を見たいと言っても違う階に連れていかれることになるだろう。
どうしようか悩んでいるうちにレジは進み、あっという間に会計が終わる。
2人のところへと重い足取りで戻っていると、何を話しているのか、彼らはきゃいきゃいと盛り上がっていた。
「おっ、おかえりんご~」
「お待たせ。二人ともありがとうな。それで、これから…」
「そうそう、次どこ行くかって俺らも話してたんだよ!」
二村は久々の買い物だからか、いつもよりテンションが高い。
二村のセンスは意外にも悪くなく、今日の服装もオーバーサイズのシャツとスキニーを綺麗に着こなしている。
「どうせならさ、七谷の服見に行こうぜ!」
「おぉ、いいじゃん」
「一条くんまで乗り気なのか…」
俺を待っているあいだ散々二村に説得されたのか、七谷は少々ぐったりしている。
高校生になっても親が買ってきた服を着ているということは、相当七谷は服に頓着がないのだろう。興味がないことをわざわざ無理に考えさせるべきではないと思うが、今日だけは二村の強引さがありがたかった。
「せっかくだしさ、ちょっとだけでも見てみようよ。俺もちょっと服見たかったし」
「うーん、一条くんがそういうなら…」
「じゃあ決まり!えっと、男もんが入ってんのは…4階か」
背中につうっと嫌な汗がつたう。
そうだ、男子中高生が好むブランドが入っているのは4階部分。
なぜ彼女たちが紳士服売り場に行っているのかは分からないが、少なくとも4階部分には来てくれないだろう。
「じゃあのぼろーぜ!」
「二村くんは元気だなあ」
楽しそうに先頭を行く二村、苦笑しながら着いていく七谷。
どうにかして、彼らを3階で止める方法はないか。
重い足を引きずりながら、彼らにしたがってエスカレーターに乗る。
「その服もしゃれてるけど、もっと似合う服を探して七谷をイケメンにしちゃる」
「僕はどうやったってイケメンにはならないよ」
「バカ言え、元の顔が悪くねぇんだから、メガネ取って髪切ってさ…」
1階から2階、2階から3階。
前の二人がくっちゃべっている最中、俺は手元を隠しながら必死にスマホをいじる。
『4階の男子服見に行く 3階寄れないかも』
焦りすぎて、短い文章なのに何度も打ち間違えてしまう。
一文をようやく送って急いでポケットに閉まった瞬間、前にいた七谷の背中にぶつかった。
スマホばかり見ていて前を見ていなかった。噛んでしまった舌をいたわりつつ、4階行きのエスカレーターの目の前でなぜか止まった二人を見上げる。
「ごめん、どうし…」
「何だよおめぇら。仲良かったのかよぉ」
聞くだけで不快になる粘着質な声が、耳に入る。
二村の目の前に立っていた男たちから発せられた言葉だ。俺はこいつらを知らない。
…知らないが、あまり良い奴ではないことは確かだろう。
二村は涼しい顔で彼らを避けてエスカレーターに乗ろうとするも、一人の大柄な男が二村の肩を掴み、逃げることを許さない。
「待てよ。まだ俺が話してんだろうが」
「俺は話すことねぇっすけど」
男の低い声に負けず劣らず、二村は不快感を隠す気のない声色で、背の高い男を睨み上げる。
「なあ、あの人たち誰…?」
「…あれは、去年二村くんとひと悶着あった先輩方だよ」
声をひそめて七谷にそう尋ねた時、七谷も二村と同じような目つきで男たちを睨みつけている事に気付いた。
一瞬何のことか分からず混乱したが、すぐ先日三宅から聞いた話を思い出す。
恐らく、入学早々二村とトラブルを起こした連中だろう。明らかにガラが悪く、むしろ”不良”っぽい自分を見せつけたがっているような、そんな嫌悪感を覚える。
なぜ考えなかったのか。田舎のショッピング施設、しかも日曜の真昼間。
同じ高校の人間がこの場所に現れる可能性は大いにある。むしろたまり場と言って差し支えないような場所だ。
(だけど、なんで今日に限ってこいつらなんだよ…)
俺はめまいで倒れそうだったが、先輩たちの視界に俺は映っていなかった。
舐め回すような目つきで七谷を見て、元々にやついていた顔が汚い笑顔でぐしゃりと歪む。
「七谷ちゃんじゃぁ~ん。あの時はよくも教師どもを呼んでくれたよなぁ」
「…喧嘩を見て見ぬふりはできませんから」
あくまで冷静に返す七谷に、リーダー格の男がぐいっと近寄る。
「見て見ぬふりはできませんって…てめぇが弱くて喧嘩もできねぇから、あんな面倒くせぇ事になったんだろうがよぉ」
「僕ができたのは、先生たちを呼ぶことだけでした。弱いと言われて、異論はありません」
「んだこいつ、腹立つわぁ。…ぷっ、オイ見ろよ、こいつの服」
リーダー格の男は仲間に見せつけるように七谷の姿を見せつける。
「ひでぇセンス!定年前の爺さんかよ。いや、ママ離れできてねぇおぼっちゃまかぁ~?」
”センス”や”ママ”という単語を聞くたび、七谷の耳が赤くなっていくのが、後ろ姿からでも分かった。
「うはっ、顔真っ赤!おいおい図星かよ、もしかして母ちゃんと服買いに行ってるとか?」
「あっ、いや…それは」
先ほどまでの頼れる七谷の面影はまるでなく、 今にも泣きそうに肩を震わせている。
もしかすると彼のファッションセンスに関するコンプレックスは、俺たちが理解しているよりずっと深く七谷に根付いているのかもしれない。
二村は今にもリーダー格の男に飛びかかろうとしていて、それを周囲の男が押さえつけている。
見るに堪えかね、七谷のそばに走り寄ろうとした時だった。
ドカッ。
「ぅおあっ?!」
突然リーダー格の男が声にならない声をあげながら、前につんのめってこける。
反射で七谷と俺は避けるも、訳も分からず目を合わせた。
「邪魔な上にうるせぇんだよ、タコが」
「ちょ、六見さ…!」
気だるそうなハスキーボイスと、聞き覚えのある優しい声。
はっと前を向くと、私服姿の六見と百瀬さんがいた。
白いシャツにカーディガン、膝まであるフレアスカートを着ている百瀬さんは、いかにも優等生といった格好だ。
それに対して六見は、少しへその見えるぴっちりとしたサマーニットと短いタイトスカート姿で、女王様のように仁王立ちしていた。
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