8話 七谷という男

百瀬さんとしか話そうとしない六見に、彼氏をつくる。

俺が一晩考えても出てこなかったアイデアだったが、これが百瀬さんの心を救うための一つ目のミッションとなった。

とはいえ…。


「彼氏ったって、そんないきなりできるものじゃないよな。ましてや六見はクラスで浮いてるし」

「浮いてるのは別に問題ないよ。それだけ目立ってるってことだもの、少し内面を知れば好きになってくれる人が現れるはず。…ただ、六見さんときちんと向き合ってくれる人じゃなきゃ嫌だけど」


正直なところ、俺は百瀬さんの発言に驚いた。

百瀬さんにとって六見は、いや、周囲の人間みなが、生きる上での足かせに過ぎないはずだ。

自分に深く踏み入ろうとする人間を排除し、表面上だけ取り繕っている彼女が、排除したがっている相手の心情まで慮っているとは思ってもみなかった。


「別に、彼氏になってくれるなら誰でも良くないか?」

「そんなわけないでしょ!」


初めて聞いたかもしれない、百瀬さんの怒り混じりの声に、俺の心臓がびくんとはねた。

面食らっている俺に、百瀬さんは慌てて謝り、言葉を続ける。


「ご、ごめん。つい大きい声出しちゃった。…六見さんは、見た目だけ見ると少しやんちゃに見えるでしょう」

「ま、まあ遊んでそうだよな。ていうか、すでに彼氏がいそう」


自分で発言してから気付いたが、すでに六見に彼氏がいるという可能性を忘れていた。

しかし百瀬さんはふるふると首を横に振り、少しさみしそうな笑顔をこちらに向けた。


「前にも言ったけど、六見さんのお家は父子家庭で、あまり経済的な余裕がないそうなの。六見さんは全部自分のお小遣いにしてるって言ってたけど、多少は家に入れてるんじゃないかな。彼氏いるのって聞いたこともあるけど、『男は要らん』って一蹴されちゃった」

「…なんかマジで、六見のこと誤解してたな」

「ふふ、そうでしょう。本当に良い子なの。少し不器用なだけで。だから、彼女の見た目だけを好きになるような、適当な恋人をあてがうくらいなら、私は今のままで良い」


だけど、素敵な男性がいればねぇ…と考え込んでしまった百瀬さんを横目に、俺も紹介できそうな男を考えてみる。


二村。…根は良い奴だが、決定的に性格の面で合わなさそうだ。

三宅。あのくらい優しくて懐の深そうな男が良いのだろうが、肝心の三宅が六見にびびりそうだな…。


とりあえず仲の良い2人の顔に、頭のなかでばってんをつける。

そしてそれ以外、紹介できるほど仲の良い知り合いがいないことに気付き、自分の交友関係の狭さに絶望した。


「…百瀬さんは紹介できそうな人いる?」

「私は男の子とそこまで話さないから…。一条くんも、その様子だとダメそうね」

「うーん…。具体的にどんな人が良いと思う?」

「勉強ができて教えるのが得意な人」


驚くほど即答した百瀬さんの顔は真面目そのものだった。どうやら冗談の類ではないらしい。


「…それは、何で?」

「私と六見さんの接点はほとんどノートの貸し借りとか、テスト範囲の話だから。頭がいい人なら、私がいなくても大丈夫でしょ?」


にこっと口角を上げる百瀬さんの顔にぞっとした。

(この人は本当に、自分に関わる人をすべて排除しようとしているんだ…)

ごくりと生唾を飲みこんだ瞬間、下校時刻の30分前のチャイムが鳴った。


「あら、大変。もう帰らなくちゃ。また誰がいいか、一緒に考えてくれる?」

「もちろん」

「ありがとう。じゃあ、また明日」


短い挨拶を終え、すでにまとめていた通学鞄を持って百瀬さんは教室を出て行く。

その動作に何の迷いもなく、放課後の時間を楽しみにしていたのは俺だけだったか、と少し落胆した。


「…ま、これ以上を求めるほうが間違ってるよな」


小さくため息をつき、今日こそ二村たちに見つからないよう、俺もすぐに教室を出た。



ーーー


「頭が良くて優しい奴~?」


移動教室の合間に三宅にさりげなくたずねてみたところ、なぜか二村が大きな声で返事をした。


「お前に聞いてないよ。頭の良い友達なんかいないだろ」

「あっ、かっちーん。二村選手、キレちゃいまーす」


二村からのチョップを避けていると、三宅が遠慮がちに会話に入ってくる。


「でも実際、僕よりもニムの方がずっと友達が多いから、ニムに聞いた方が良いよ」

「そうそう!俺、人気者だもんで!」


ヘラヘラ笑う二村を睨みつけると、存外彼は俺の質問を本気で考え始めてくれた。


「んー、やっぱ頭が良いといえば、七谷じゃね?」

「七谷…?」


どこかで聞いたことがあるその名前…同級生にいただろうか。

考えを巡らせていると、ハァアとわざとらしいため息をつき、二村は言葉を続けた。


「1組の七谷だよ。お前ほんと、俺ら以外に友達いねえの?」

「うるさいな。交友関係は深く狭くなんだよ。それで、七谷ってそんなに頭いいの?」

「良いも何も学年トップだよ!お前、まじで他人に興味ねぇのな…」


二村に呆れた顔をされると心底腹が立つが、人間関係が狭いのもあまり他人に興味がないのも事実のため、言い返せない。

七谷という名前を聞いた覚えがあったのは、恐らくテスト結果の張り出しか何かで目にしたからだろう。


「七谷は超絶堅物ちゃんだけど、悪い奴じゃないぜ」

「そんな真面目で秀才な人が、二村の友達ってことに驚きだよ」

「んだとぉ?!」


再び俺にチョップをかまそうとする二村の腕を、三宅が優しくつかみ、俺に微笑んだ。


「ニムは去年、七谷くんに助けてもらったんだよ」

「変な言い方すんな!おい一条、誤解すんなよ…」


そう言って始まった二村と七谷との出会いの話は、去年の春…つまりは入学当初にまでさかのぼった。

当時1年で、二村は今より背が低く小柄だったが、強気で人見知りしない性格は変わらなかった。高校生活が始まってすぐの4月中旬、裏庭で1年が上級生にカツアゲされているのを目撃した二村は、多勢に無勢にもかかわらず、ごろつきのような上級生数名に向かってけんか腰に止めに入ってしまったらしい。

取っ組み合いの大ゲンカになり、二村の怖いもの知らずによって思いのほか長引いた喧嘩を見つけた七谷が先生を呼び、二村はたくさんのあざと鼻血程度のけがで済んだ…との事だった。


「…そういえばお前、早退したかと思ったら次の日ボロボロで登校してきたことあったな。それ、あれか」

「そうそう!いやぁ、弱い者いじめは見過ごせないもんでなぁ」


カッカッと笑う二村に半分呆れつつ、もう半分は感心していた。二村は考えなしの無鉄砲だが、正義感だけは人一倍強い。


「まあ確かに、七谷が先生呼んでくれてなかったら、あざ程度じゃ済まなかっただろうな。

でも、七谷のやつくそ真面目でさ、最初喧嘩を見た時に俺もそいつらと同じ不良で、悪ガキ同士の喧嘩だと思ってたんだってよ。それで、後からカツアゲされた奴にでも聞いたんだろうな、わざわざ俺に謝りに来たんだよ。

『誤解して済まない、君は本当に勇敢な人だ』って。いや、武士か」


ケラケラと笑う二村。ここまで聞いてようやく、二村と七谷の共通点が分かった。

方向性は違えど、彼らは自分の正義にひたすらまっすぐなのだ。

顔も思い出せない七谷の株が上がり続ける一方で、俺は一抹の不安を覚えていた。


(果たしてそんな聖人君子が、六見みたいな不良っぽい女の子を好きになってくれるんだろうか…?)

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