17、黒谷家を目指して
日曜日、ぼくは早朝に家を出た。朝日に照らされて街並みがキラキラと眩しく輝いている中、駅に向かう。
新幹線に乗ると、ぼくは空いてる席に座り、流れていく建物たちを見つめて考える。
一応事前にストリートビューとかで校区内の建物を見たりしたけど、やっぱり写ってない家もあったりして、コウくんの家は見つけられなかった。
だから、直接現地に行って探すことにした。情報収集は足で稼ぐ!みたいなやつだね。沢山歩くのを想定して、荷物も必要最低限しか今日は持ってきていない。
街の様子を写真で確認した時、マンションは少なめで一軒家が多い地域だったから、探すのはまだ楽かもしれない。
ただ、もしかしたらコウくんのご家族がどこかに引っ越している可能性がある。13年かもっと前に、コウくんがそこに住んでいたというだけで、今も住んでる確証はない。ここはもう運だと思う。引越しされていた場合その時はまた探す方法を別で考えなきゃね。
ちなみに、父さん達にはコウくんの家を探すことは話していない。さすがに止められそうな気がするからね。
でもやれるだけやらないと、ぼくの気が済まないんだ。後悔したくないからさ。
現地に着くと空は少し曇っていた。地図を持って、ぼくはコウくんが住んでいた街を歩く。駅がちょうど校区の端の方にあったので、そこから潰すように回っていく。
地図に、来た範囲と新しく確認した家を黄色のマーカーでチェックしながら探し、声をかけて良さそうな地元の人を見かけたら、コウくんの家の場所を尋ねてみる。それの繰り返しだ。
…うーん、わかってはいたけどなかなか大変。
10時半くらいに現地に着いて、そこから3時間歩き回って探しても、まだまだ校区範囲はあるし、コウくんの家は見つからない。
お腹が空いたのでコンビニでお茶とおにぎりを買い、近くの公園のベンチで少し休憩する。
スマホを見ると母さんから「今日晩ご飯、いる?」とラインが飛んできていたので、「晩ご飯いります!」と返信する。少ししたのちOK!という可愛い猫のスタンプが送られてきたので、ぼくはそれを確認してからスマホをしまった。
昼間だけど、曇り気味なのと、風があるのでまだ暑さは和らいでいる。
おかかのおにぎりを食べながら、公園の様子を眺める。子どもたちが元気に遊んでいる。
…なんだかコウくんと出会った時のこと思い出すなぁ。
あの時のことは今でも覚えてる。小さい頃のぼくが地面に絵を描いてたら、じーっとこっちを見てるお兄さんいて、なんだろーお絵描きしたいのかな?って思って、声をかけたらすごいびっくりされたんだよね。
体とかは透けてたけど、全然怖くないから幽霊って最初は気づかなかったんだよなぁ…
いつだったか、なんでぼくだけがコウくんのことを見えるのかって話を2人でしたことあったね。
コウくんは他の幽霊に出会ったことないって言ってたし、ぼくもコウくん以外の幽霊は見たことなかったから、気になって一応調べたりしてたけど、そもそもの話が難し過ぎて全然わかんなかったな。
幽霊が出る映画とか観てたのも、これだけ作品として取り扱われてるんだから、観てる間になにかわかるかなーって思ってたんだけど、ホラーばっかりだったからそれどころじゃなかったね。コウくんとたくさん観られたし楽しかったから、それもいい思い出だけど。
結局何もわからなかったから、ぼくが
「もう運命の出会いってことでいいんじゃない?」
って言ったら、コウくんは
「…たまにお前、聞いててこっちが恥ずくなることをサラッと言うよな。映画の見過ぎだぞ。」
ってそっぽを向いてたなぁ。確かにそういうのは、映画でよく聞くセリフかも?わかんないけど。
でも、小さい時からいつもそばにいてくれてさ、そのうえでずっと一緒に笑って過ごせるような素敵な友達と出会えたことは、運命でいいと思うんだ、ぼく。
子供たちが仲良くサッカーをしているのを眺める。その楽しげな様子に、思わず笑みがこぼれてしまう。
そういえば、ここはコウくんが住んでたとこだし、昔のコウくんもこの公園であんな風に遊んだりしてたのかなぁ…
なんとなくぼくは、そばに落ちてたいい感じの枝で、小さい頃のコウくんを想像してガリガリと落書きする。地面を削るこの感触も懐かしい。
ちょっと楽しくなってディーサイダーマンとか飛行機とかも描いていると、ふと人の気配がした。
顔を上げると、そこには小学生くらいの男の子が立っていて、目を輝かせながら絵を見ていた。
「ディーサイダーマンだ〜!」
「きみ、ディーサイダーマン好きなの?」
「うん、大好き!」
「そうなんだ。ぼくも好きなんだ、ディーサイダーマン。かっこいいよね。」
ディーサイダーマンの決めポーズを新しく描くと、その男の子はさらに嬉しそうに笑う。すると、また1人男の子がやってきた。
「おいナオヤ!何してんだよ!」
「あ、かっちん!今お兄さんにディーサイダーマン描いてもらってたんだ〜。」
「ばかお前、怪しいやつと話したらダメだろ!」
なかなか厳しい意見。まぁ高校生が1人でこんなとこにいて、ずっと地面いじってたらそう見えるのかもしれない。
それにしても最近の子供は防犯意識が高いなぁ。それ自体はいいことだよね。
「えーでもお兄さんいい人だよ?それにディーサイダーマン好きだし…」
「それは関係ないだろ!ほらもう行くぞ!」
「えーやだー!ディーサイダーマンもっと見たいよー!」
かっちんと呼ばれたその子はナオヤくんの腕を引っ張っていこうとするけど、ナオヤくんはその場にしゃがみ込む。
あ、これ知ってる、ナオヤくんテコでも動かないタイプの子だ。
「もー!わかった、あと10分な、10分経ったら、あっちに戻るんだからな!」
「はーい!」
なんとか妥協点を見つけたみたい。よかったよかった。でもかっちんは見張るようにこっちを睨んでる。ぼく何もしないんだけどなぁ。
ぼくはナオヤくんのオーダーで色んなディーサイダーマンを描きながら軽くおしゃべりをする。
「お兄さんここでなにしてるの?どこからきたの?」
「んー、今は休憩中。さぁどこだろう、でも遠いとこから来たよ。」
「こんなとこで1人とか、友達いねーの?」
「友達はいるよー。今日は友達の家がわかんなくてね、探してたんだ。」
「友達の家がわからない?行き方忘れちゃったの?」
「まぁそんなとこ。」
「忘れん坊すぎんじゃん。」
「うん、だから困ってるんだよねぇ。その友達とは今は連絡も取れないからさ。だから道聞いたりして探してたんだ。黒谷っていう人の家なんだけどね。」
そんなことを話しながらディーサイダーマンを描いていく。結構沢山描いたなぁ。
そろそろ時間だ、そう思って立ち上がると、ナオヤくんが口を開いた。
「黒谷のおじさんの家なら、僕知ってるよ。」
「え!?本当!?」
びっくりして思わず大きな声がでる。まさかの偶然だよ。
「ほんとだよ。黒谷のおじさんの家、僕の家の近所だから知ってるよ。こっちを右に行って真っ直ぐ進んで、信号を左に曲がって、たばこ屋のところを右に曲がったら着くよ。案内しよっか?」
「おい、それだと約束が違うだろ!もう戻るんだってば!」
「えーでもさー。」
「ううん、大丈夫。かっちんくんごめんね、時間取っちゃって。ナオヤくんも教えてくれてありがとう。すごく助かったよ。」
あんまり知らない人から物をもらうのもアレかな…と一瞬思ったけれど、やっぱりお礼はしたかったので、ナオヤくんたちの好きなジュースを自販機で1本ずつ買って渡してから、ぼくは公園を出た。
そしてそのまま、急ぎ足でナオヤくんに教えてもらった方に進む。やっぱりぼくが探してた方と反対方向だったんだね。
でも良かった、これでコウくんの願い通り、絵をご家族に見せられる。
しばらく進むと、表札に「黒谷」と書かれた一軒家を見つけた。
「ここがコウくんの家…」
コウくんの家を見上げる。どうしよう、今人生で1番緊張してるかもしれない。
この家にはコウくんのご家族がいる。失礼のないようにしないと…
「…よし、いくぞ…」
跳ねる心臓を抑えるように、ぼくは深呼吸してからインターホンを押した。
ピンポーン…ピンポーン…
扉の向こうからはぁい、今行きます、という声と、パタパタという足音が聞こえる。
ガチャリと扉を開けて顔を覗かせたのは、50代くらいのボブヘアの綺麗な女の人だった。目元がなんとなくだけどコウくんに似ている。
この人がコウくんのお母さんかな?
「どちらさまでしょうか?」
「こんにちは。突然の訪問すみません。ぼくは
「はぁ…」
ぼくが笑顔で様子を伺いつつ話すと、コウくんのお母さんはこちらを訝しげに見ながらも会話の拒否はしない。
「ありがとうございます。話というのは、息子さんの、
「…お引き取りください。宗教勧誘の類でしたら入信はしませんから。そうでなかったとしても、もう来ないでください。」
「へ?あ、ちょ」
コウくんの名前を足した途端、うって変わって険しい顔でそう言われ、パタリと扉を閉められてしまった。
うーん…なんとなく追い返されることは想定してたけど…これは厳しそう。
なんなら宗教勧誘の方が話通る確率が高いかもしれない。
だってぼくの話は「貴方の息子さんが幽霊になって、13年間ぼくの友人としてそばにいてくれて、その間にぼくが描いた沢山の似顔絵を息子さんは大変気に入ってくれて、自身の家族にこの絵を見てほしかったと成仏する前に言っていたので届けにきました。」だもんなぁ…
嘘はひとつもないんだけど、どう頑張っても怪しいやばい人に見られるよね。まぁ今回はその話にまで行けなかったんだけど…
仕方ない、今日はこれくらいにして後日出直そう。ぼくは黒谷家を持っている地図にマークしてきた道を引き返した。
絶対にコウくんの願いを叶えるんだから。
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