16、決意
8月も終わりに差し掛かる頃。ぼくは残り少ない夏休みをダラダラ過ごした。
課題もほぼ終わらせたので、特に焦る必要もない分暇だったけど、ぼくは友達と遊びに行くこともなく、家に引きこもっていた。
コンクール前は毎日行ってた部活も、コンクールが終わってひと段落したので、まぁ休みがあってもいいよねくらいの空気が流れていた。なのでそっちは気兼ねなく休ませてもらっている。
ぼくの作品「コウくん」は最優秀賞に選ばれたらしく、学校の渡り廊下の1番よく見えるところに飾られるんだって。
部員の皆や友達、父さんと母さんもそのことをとても喜んでくれた。ぼくも嬉しかった。
でも、なんだかずっと、心の奥で気持ちが冷えて、空っぽになったようなままだった。
それに、何もやる気が起きない。
今もとりあえず絵を描こうとスケッチブックを広げたはいいものの、何も浮かばないまま2時間が過ぎてしまっている。
どうしちゃったんだろうね、ぼく。
壁に貼り直した、幼稚園児だった頃に描いたコウくんの似顔絵をぼーっと見つめる。
父さんたちは、コウくんのことを信じてくれはしたけれど、ぼくたちが「お別れ」したことも知ってるから、あまりそのことには触れてこない。
似顔絵から視線を外して、また部屋をなんとなく眺めてみる。やっぱりどこか静かすぎて落ち着かない。無機質っていうかさ。ぼくの部屋じゃないみたい。
「…コウくんのー、髪の毛はチクチク、ツンツクツンー…♪」
コウくんが聴いてたら間違いなく「なんだよその歌」って言いそうな歌を歌いながら、コウくんを描いてみる。うん、似てる。よかった、手がもう覚えてる。
「…そうだ、コウくんの好きなものでも描いてみようかな。ええと、カンナギと、トンカツと、おかかおにぎり、あとバドミントンと…」
ぼくはコウくんの好きなものを思い出しながら描き始める。
サラサラとシャーペンを走らせて、コミックスのカンナギを読んだり、トンカツやおにぎりを食べたり、バドミントンをしているコウくんを描いてみる。うん、ぼくの想像ではあるけど、こんな感じでしてそうなとこある。
…変なの、さっきまで描けなかったのにな。1ページ分も描けちゃった。
「…バドミントンするコウくん、かっこいいんだろうなぁ…見てみたかったな」
紙を一枚めくって、新しい紙にまたバドミントンをするコウくんをいろいろ描いてみる。スマッシュとかクリアーとか、ヘアピンとか。あとプッシュも。
そういえば、「バドミントンしてるコウくんの絵」を見せたら、コウくんすごい喜んでくれてたなぁ。
思わずへへ、と笑ってしまう。
バドミントンは一度もしたことないけど、コウくんと一緒にテレビで試合を観たことはある。その時にコウくんに教えてもらったりしたから、技名とかは、ちょっとだけ知っている。
その時に初めてジャンピングスマッシュを見たけど、確かにすごくカッコよくて、これは憧れるなぁって思った。
「…そういえば
赤城健斗選手は、今やオリンピックにも出場するくらい有名なバドミントン選手だ。
確か、コウくんが入学した時に3年生だった先輩で、コウくんがバドミントンを始めるきっかけになった、憧れの人だ。そんな人が中学時代の先輩だなんて、人生何があるかわからないね。
「赤城健斗…あ、すごい、やっぱり有名だからめちゃくちゃ情報載ってる…」
なんとなくどんな活躍をしたのか気になって、スマホで赤城健斗選手を調べてみると、所属チームや経歴だけじゃなく、身長体重や生年月日、利き腕や競技開始年齢、さらには出身地まで公開されていた。
世界レベルの有名人になるとこんなにたくさんの情報が表に出されるんだなぁ…なんかすごいや。
「…ん?学歴?」
スクロールしながらなんとなく見ていた手を、学歴の項目で思わず止める。
「出身中学:鮒川中学校」と書かれていた。
それを見た時に、チカリと頭の中でコウくんのある言葉を思い出す。
先日のお別れした日、今までぼくが描いてきた似顔絵を見せていた時だ。
「…父さん達にも見せたかったな…ショウが描いてくれたオレの絵…」
そうだ。コウくんは、ぼくが描いたバドミントンの絵を見た時に、もう声はかなり聞こえにくくなっていたけれど、そう言っていた。
コウくんは、昔からコウくん自身のことを、ほとんどぼくに話してくれなかった。
ぼくは小さい頃に一度だけ、つい生前のことを、ご家族のことを聞いてしまったことがある。その時コウくんは、すごく悲しそうな顔をして黙ってしまった。
今でこそ、あの時のぼくはなんて無神経で、酷いことを聞いたんだろうと思っているけれど、当時はそんなことまで分からなかった。
ただその顔を見て、幼いながらにもこれは触れちゃだめなことなんだ、と感じた。
コウくんが、ぼくの描いた絵をご家族に見せたかったと呟いた時も、
「住所を教えてくれたら、ぼく渡しに行くよ?」
って聞きはしたけれど、コウくんは
「…いいよ、お前にそこまでしてもらうの悪いしさ。でもありがとうな。」
と断ったので、それ以上そのことを話したりもしなかった。
そしてその後、ぼくは結局コウくんの住所がわからないのもあって、その時の会話は今まですっかり忘れていた。
…コウくんと赤城健斗先輩は同じ中学出身だ。それがわかるのなら、そこに通う校区までは、範囲は絞れる。
「コウくんのご家族に、絵を見せられるかもしれない…」
スマホで鮒川中学校の所在地を調べる。ちょっと遠い。でも日帰りで行ける範囲。さらに学区を調べて地図を表示する。
日本全国のどこかにあるコウくんの家を探すなら、一生かけたって無理かもしれないけど、これならいける、多分…いや絶対いける。意地でも見つける。
ぼくの大事な友達が願ったことだもの。やれるだけやってあげたい。
ぼくだってコウくんに、ぼくが今までもらった分だけ、幸せを返したい。
「…よし、やるぞ。見ててね、コウくん。ぼく頑張るからね。」
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