12、回想



 「嘘だろ…?」

 

 

 今も鮮明に覚えている。


 朝の澄んだ青空に、気持ち悪いくらいにけたたましく響いていた蝉の鳴き声と、知らない人たちの悲鳴。ぐちゃぐちゃになった母さんの弁当。折れたラケットにボロボロになったシューズ。へしゃげたチャリと、アスファルトに広がる赤い血だまり。そして、無惨に転がるオレの体と、道路に赤い線をひきながら走り去る、オレを轢いたトラック。


 14年前の夏。中2の時に、オレは死んだ。

 部活の大会で、待ち合わせ場所にチャリで向かう途中だった。

 大会に出場するレギュラーに選ばれたことに興奮し浮かれていたオレは、突っ込んできたトラックに撥ねられ、そのまま呆気なく死んだ。そしてなぜか、成仏せず霊としてこの世を漂う事になった。

 まさか自分の葬式を見ることになるとは思わなかった。悪夢なら覚めてほしいとあれほど願ったことはない。



 「幸太郎…っ!」


 いつもうるさく叱ってた父さんも、元気に笑ってた母さんも、ずっと悲痛な声をあげて泣いていた。そして、短い間に随分やつれてしまった。


 「父さん…母さん…オレはここにいるよ…」


 そう言っても、2人は気付かない。ずっとずっと、オレの遺影を見て泣いていた。

 オレが死んだことを聞いた友達や部員の人も皆、泣いたり悲しそうな顔をしていた。

 オレたちの大会を見にきていた赤城先輩も、後日オレの家にやってきて、話を父さん達から聞くとその場に泣き崩れた。


 「こうたろー、なんでや…お前、大会で優勝するから見ててくださいって…ジャンピングスマッシュも、できるようなったんで見てくださいって言うてたやんけ…!阿呆…っ!」


 先輩のそんな姿を見たのは初めてだった。試合で負けても顧問にめちゃくちゃ怒られても、泣いたことなんて一度もなかったのに。


 「赤城先輩…ごめんなさい…」


 そしてオレが目の前で謝っても、やっぱり先輩は気づいてくれなかった。

 オレの声は、誰にも届かない。

 心臓がギュゥッと締め付けられたように、苦しかった。


 ずっと出たかった大会もオレは出られずじまいで、それ以外のことだって、まだまだやり残した事が沢山あったのに。どれももう叶わない。

 なにより、オレがあの時事故らなきゃ、みんなに迷惑かけなかったし、家族や友人たちのあんな悲しい顔をさせなくて済んだのに…そう思うと罪悪感で押し潰されそうだった。

 皆の悲しむ姿にたえきれなくなって、逃げるように地元を出てあちこち彷徨っていたが、どこに行っても誰もオレに気づかなかった。


 「わーッッ!!!」

 地元を離れて数ヶ月のうちは、わざと人の多いところに行って、大声を出したり人にぶつかるように走ったりと、本当に意味もない馬鹿みたいなことをしていた。

 あの時は寂しさで頭がおかしくなっていたのかもしれない。それくらい、悲しくて辛くて、苦しかった。


 朝の通勤ラッシュの電車も、登下校する学生も、忙しなく変わる信号機の色も、空を飛んでいる蝶や鳥も、どこからか聞こえるニュース音声も、何かのアイドルの新曲も、優しい太陽の光も、全部。何を見て、聞いて、感じても。

 オレだけを取り残して世界が回っていくのがわかってしまって、絶望した。


 父さんとの言い合いも、母さんとの短い会話でのやりとりも、友達やクラスメイトや先生との何気ない会話も、部活の奴らとのやりとりも、全部が恋しかった。でも、それももうできない。それに、もう合わせる顔がない。

 生きている時に当たり前にしていた触れ合いがないだけで、こんなにも辛くなるなんて、知らなかった。

 だからもう、知らない人でもいい、誰でもいいから、オレのことを気づいて欲しかった。


 人間が無理でも、他の霊とかになら会えたり話せるかもしれない…なんて期待もしたが、結局そんなことも一度もなかった。誰にも会えなかった。

 もう神社や寺でお祓いとか、そういうのをしてもらえたら、こんな辛いのも終わるんかな…と思ったが、オレは正直この世には未練しかなかったし、消えたいわけじゃない。

 できることなら生き返りたかった。 


 昼間の活気ある喧騒の中に独りいるのも辛かったが、皆が眠る頃の暗い静かな夜の時間は、暗い闇の世界は、本当にこの世から切り離された気がして、黒い何かがオレを呑み込んで、責め立てている気がして、恐ろしかった。

 せめて寝れたりできたらよかったのかもしれない。それなら、時間の流れも少しは速く感じるし、まだ気が紛れるから。

 だけど、幽霊にはそんな人間らしい欲求はないらしい。


 もうどうしようもなくて、オレは皆のことを思い出さないように、なるべく何も考えないように心を空っぽにすることが増えた。

 そして来る日も来る日も、日中はあてもなく街を彷徨い、夜になると蛾のように灯りを求めて、コンビニのそばや繁華街、あるいは町の街灯の下で、心細さや罪悪感に潰されそうになりながら時間が過ぎるのを待っていた。



 そんな日々を過ごしていたら、半年が過ぎた頃には、世界がモノクロ映画みたいな、すすけた灰色に見えてきていた。



 「…オレ、一生このままなんかな…」


 いつまで経っても、何をしても状況は変わらない。地獄のような毎日だった。


 ただただ、ずっと独り、ふらふら漂っているだけだった。


 

 「…だれか…」



 街を見下ろしながら、嫌になるくらいの青空の中で膝を抱えて、誰にも届かない言葉を独り吐いた。

 

 






 「だぁれ?きみも、おえかき、したいの?」


「…え?」


 そして死んでから1年後、知らない土地の知らない街の公園で、ぼうっとしていた時に出会ったのが、当時4歳のショウだった。

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