11、絵

 ショウは年に一度ある高校生専門のコンクールに出す為の絵に積極的だった。

 高1の時も出しており、確かそれは佳作をとっていて、あいつはバンザイして喜んでいた。ショウの両親もそれを聞いて嬉しそうに笑っていたのを覚えている。

 オレもその様子を見て嬉しかった。ショウの部屋で、滅多にしないハイタッチを2人でして喜んだのを覚えている。

 だから余計に2回目になる今年は何を描くのか気になっていた。ショウは絵が上手いから、次はもっと上の賞が取れるんじゃないかとオレは密かに思っていた。

 「おい、おいってば。ショウ、今年は何描くんだよ?」

 「うわっ!びっくりした!もー驚かさないでよ。あとそれはナイショ」

オレが声をかけたことに、読書中だったショウはびっくりしたようで声を上げた。

 また銀河鉄道の夜か。本当に好きなんだな、この作品。

 「さっきからずっと話しかけてたっつうの。なんだよ勿体ぶって。教えろよ。」

 「え、嘘だぁ?聞こえなかったよぼく。だめでーす、ぼくがいいって言うまで我慢してくださーい。」

ショウは本を置いた手でバツのポーズをしながらそう言った。さらに続けて

 「ぼくが描いてる姿も見ちゃダメだからね!こっそり来るとかもなしだよ!見たら絶交だからね!」

と冗談っぽく、それでも強く釘を刺してきたので、オレはむぐ、と口を閉じた。気になる。

 今回の作品はかなり前から描き始めていたらしいので、大作なんだろう。

 コンクールは8月中頃にあり、締め切りまではあとひと月猶予があるが、きっとあいつは今も美術室に入り浸って絵を描いているのだろう、帰ってくる時間はずっと遅いままだった。なので、オレはショウと話したり遊ぶことがほとんどなくなってしまった。寝る前に少し、話すくらいだ。

 「ぼく、昔から絵を描くのが好きだったけど…自分の考えとか感情とか、今はもうない大事なものとか…目に見えないものとか、なんでも自由に描いて、見えるようにして遺せることに気づいてさ。もっと好きになったよ。」

 ふと、その昔あいつが楽しそうに絵を描きながら言っていた事を思い出す。本当に昔から絵が好きな奴だ。

 絵の良し悪しとか、そもそも絵を描く意味とかはオレはわからないが、ショウの描く絵がオレは好きだ。

 小4のあたりからもう描いているのをみたことがないが、ショウが描くオレの似顔絵も好きだ。あいつが幼稚園の頃に描いた、「ウニみたいなオレの似顔絵」とか、あれはあれで味があるなと密かに気に入っていた。なんなら、ショウが描いてくれた初めて似顔絵だったので、オレは壁に飾られたそれをこっそりよく眺めていた。

 時間の経過と共に、その壁の絵はさらにたくさん飾られている。どれも今までショウが描いてきた、お気に入りの絵たちだ。

 しかしその中で、オレの似顔絵があったところだけ、今はポッカリと白い壁の色が見えていた。

 「…」

 絵のあったところの壁を、そっと撫でるように手を動かす。

 つい、1ヶ月前にここの絵は無くなった。定期的に入れ替わることはあっても、なくなるのは初めて見た。

 そういえば、ここの絵がなくなった頃にショウは、押し入れにしまっていた昔の絵を何やら引っ張り出して、どこかに持って行ってたな。

 壁から外されたオレの似顔絵も、その中にあるんだろうか。それ以外のオレの似顔絵も、どこかに仕舞われたんだろうか。それとも、もしかして捨てられたんだろうか。

 「…もっと沢山見せて貰えばよかったな…」

 オレの似顔絵だから、嬉しい反面なんか恥ずかしくて、後から「見せて」なんて言えなかった。でも、言っていたらきっと、あいつは笑って見せてくれたんだろうな…

 死んだって後悔するとか、バカだなオレ、と苦笑いした。

 ふと、地元のことを思い出す。父さんや母さん、じいちゃんばあちゃん、当時の友達や部員の奴ら、それに赤城先輩も…皆、どうしてるかな。元気にしてるんかな。あれから10年以上経ってるけど、怪我とか病気とか、してないかな。もうオレのことで、悲しんだりしてないといいな…

 「…間に合うかな。」

 つい、今回ショウがコンクールに向けて描いている絵のことを考えて、不安になった。

 最近どうも、オレの体の様子が変だから。なんというか、だんだん上手く体が動かせなくなっていた。というか体の動かすという感覚が、なんだか感じなくなってきている。

 それにあわせてショウも、たまにオレがそばにいても見えてなかったり、聞こえてなかったりする時がある。もしかしたら、そろそろダメなのかもしれん。

 昔ショウと見た、とある映画のラストシーンを思い出す。幽霊が見える女の子と、その友達の幽霊達がお別れするシーンだ。たしかあんな感じだ、今のオレ達の状況は。だんだん見えなくなってきているところも、気づかなくなってきているのも、似ている。


 「…来年も、再来年も、その先も、もっといろんなとこ行って、たくさん遊ぶって約束、守れないかもな…ごめんな、ショウ…」


 正直、オレは幽霊になるなんて今回が初めてのことだから、詳しいことはよくわからない。

でも、明らかに今までと違う感じがする。それも、悪い方向で。オレ達も「お別れ」する日が近いのかもしれない。

 ショウも多分、この異変には気付いてそうだが…あえて気づかないふりをしてるだけなんだろうか。

 もし怨霊になるとか、悪い意味でヤバそうだったらさっさと寺なり神社なりに行くつもりだ。呪ったりとかなんて、したくないからな。行ってどうにかなるのか、正直それもわからないが。     

 でもせめて、今描いている絵を見届けるまでは、消えたくない。

 「…絶対に、それまでは消えないからな。」

 オレは、外の真っ黒な夜空を睨むように見つめた。


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