10、花火
高校でもショウは美術部に入部した。さらにバイトを始めたので、オレと話す時間は以前よりもさらにぐっと減った。
ショウの部屋にはあいつがバイト代で購入した薄型のテレビが置いてある。「これだったら2人でもっと映画とか楽しめるよ!」との理由で、安くないだろうにショウが買って置いてくれたものだ。
しかし映画やアニメ鑑賞も、学校やバイトで忙しいのと、ショウが他の友人達との付き合いで遊びに行くのもあって、以前のような頻度で観るのは厳しく、まだあまり観れていない。
「コウくんごめんね…今日観るって、約束してたのに…」
「オレはいつでも暇してんだし、大丈夫だから気にすんな。また今度観ようぜ。それにバイトのヘルプで残ったんだろ?夜遅くまで頑張ってえらいじゃん。」
「うん、ありがとう…」
ショウはオレと遊べないことをよく申し訳なさそうにしていたが、それだけ毎日充実してて、他の奴らと関われてるってことなんだから、そんなの気にしなくていいのにな。
ショウとの付き合いももう10年くらいになるが、この変化はいい事だなとオレは思っている。
そもそも、生きていれば環境に合わせて対人関係なんてきっといくらでも変わるんだろうから、その中で接する時間も遊び方も、何もかもがいつまでも全くもって変わらないでいるのは、逆に不自然なことなのかもしれない。
とはいえオレはそんな人生を語れるほど長生きしてないが。
「…高校生か…」
机の上の写真を見る。写真立てのコルクボードには高校のクラス集合写真やらも増えていた。
気づけばショウはもう随分大きくなっていた。
笑った顔は昔と変わらないが、いつの間にかオレより背がデカくなったし、もう声変わりだってしている。小さかった手も今は長い指がすらりと伸びている。オレの注意なんてもういらないくらいしっかりしているし、泣き虫じゃなくなった。
昔は雷が鳴ったり転けただけで泣いてたのにな。
そして、ショウは中学からの付き合いの奴も含めて、もう沢山の友達ができていた。オレが昔心配していたことにはきっとならないだろう。
あいつが笑って楽しく過ごせるならそれで良いのだ。
「よかった、本当に…」
夕暮れ時、ひぐらしがどこか物悲しげに鳴いている。
誰もいない部屋の中でそれを聴きながら、オレはなぜか少しザワつく心を宥めるように、胸元をそっと押さえた。
高校に入学してから1度めの夏休み、ショウは帰宅してすぐにある提案をオレにしてきた。
「コウくん、いる?」
「おう、呼んだか?」
「あ、いた。あのさ、来週一緒に花火大会に行こうよ。」
「は?花火大会?」
「そう、花火大会。なんかねー、すごい綺麗なんだって。前から行ってみたかったんだよねー。」
それ誘うのマジでオレでいいのか…せっかくの花火なんだから、他に仲良くしてる奴らとか、好きな女子とか誘えばいいのに…と聞いてて思ったが、ショウと遊びに行くのも久しぶりだ。誘われたことが嬉しくないかといえば嘘になる。まぁ、良いか…とオレはその誘いに乗ることにした。
花火大会当日、オレとショウはまだ日が落ち切る前に家を出発した。
花火自体は夜の8時から9時まで行われるらしいが、屋台巡りをしたいとショウが言うので早めに向かった。
「なんでーもーない日ーおめでとーコウくん〜♪」
ショウは歌うように話しながら歩いている。えらく今日はご機嫌だな…花火大会に前から行ってみたかったって言ってたし、それでかな。
「おー、あんがと…つーかお前マジで飽きないなそれ。『なんでもない日のお祝い』。小学生の時からやってるし…あと、やっぱりオレに言うんだな、おめでとうって…」
ショウの「何でもない日のお祝い」は月一かつ突然行われるが、特に何かパーティーなどをするわけでもなく、オレに向かって「何でもない日おめでとう」と言うだけだ。本当、何なんだろうな。
ショウからおめでとうと言われる理由はわからないが、嫌な気持ちになるわけでもないので、オレは言われた時お礼は言っている。
「飽きないねぇ〜お祝いしたい時にやりたいからね〜♪あとぼくが言いたいからコウくんおめでとうって言ってるよ。もっかい言っとこ。コウくんおめでとー!」
「…自由だな…そんなおっきな声出したら周りに聞こえるぞ。」
「聞こえたとて困らないよ〜。」
「いや困るだろ。つかオレが困る。」
「えー…」
そんなことを言いながら花火大会の場所に到着すると、いろんな食べ物や玩具の屋台がずらりと並んでおり、たくさんの人で賑わっていた。
屋台で買ったディーサイダーマンのお面を頭につけ、ショウは目を輝かせながら片っ端から屋台を回り、食べて遊ぶ。
金魚掬いに輪投げ、ヨーヨー釣りにくじ引きなど、どれをする時もショウははしゃいで楽しそうに遊んでいた。
張り切りすぎて金魚掬いのポイを初手から破いた時は、金魚屋のおっさんもその場にいた他の人も、和やかに笑っていた。兄ちゃんしょうがねぇなぁなんて言われつつも新しいポイに交換してもらって、ショウは照れ笑いしていた。
オレもオレで、ショウのそんな様子を横から見ているのが楽しかった。
「あれ?蒼山?」
道の端で横に並んで、りんご飴を齧るショウと話していると、声をかけられた。
見ると、浴衣を着た高校生くらいの男子がそこに立っていた。その隣には、同じく浴衣を着た女子がいた。
「ん?あ、タケちゃん!」
「やっぱ蒼山だ、お前もここに来てたんだな。」
タケちゃんは確か…ショウと同じ美術部で同級生だ。よくショウの話に出てくる。お調子者で明るく、ショウにはよく曲やゲームを教えてくれるらしい。
「うん、花火が見たくて来たんだ。」
「1人で来たん?」
タケちゃんの問いに、オレは思わずビクリと肩が跳ねる。ちらりとショウの顔を横目で見るが、ショウは、ごくごく普通にしていた。
「んーん。友達とだよ。コウくんて子と来てる。」
「あーコウくん、よくお前が話してる奴か。でも、今いないんだな。タイミングミスったかなー。話でしか聞かないからどんな奴か見たかったのに。」
「そうだねぇ…あ、隣の人は前に話してた彼女さん?こんばんは、はじめまして。ぼく、タケちゃんの友達の蒼山翔です。」
「こんばんは。透君の彼女の平川香代です。蒼山君のことは透君からよく聞いてます。ふふ。」
「うんよろしくね、平川さん…って、待ってタケちゃん、平川さんに変なこと話したりしてないよね?」
「悪りぃ話したかもしれん。」
「ちょっと!やめてよー恥ずかしいじゃん!」
ショウ、学校の奴らとはこんな感じで話すんだな。というか、オレのこと、話すなよ…また、前みたいになるかもしれないのに…
ショウとタケちゃんたちがポンポンと会話が弾ませていくのを、オレは心を落ち着かせるように、焼きそば屋から上がるふやけた煙をじっと見つめながら黙って隣で聞いていた。
前からわかっていたけど、それでも浮かれてて、ことの重大さを忘れてた。オレは、ショウたちと違うんだった。
ショウたちはオレの真横で話してるはずなのに、周りの喧騒もうるさいはずなのに、分厚い壁越しで聞いてるみたいに全てが遠くぼやけて聞こえる。
屋台や提灯で、こんなにも周りは明るいのに、上にある真っ黒の空が、闇が、オレを押しつぶすように迫って見える。
ああ…まいったな…
思わず、耐えるように自分の手首を反対の手できつく握りしめる。
落ち着け、オレ。落ち着け…
「んじゃあ、俺らそろそろ行くわ。コウくんといたのに邪魔して悪かったな。挨拶できなかったけど、あとでよろしく言っといて。」
「うん、言っとくよ。また今度、部活で会おうね。平川さんもまたね、2人とも楽しんで!」
「うん、ありがとう蒼山君。またね。」
「お前も楽しめよー、あと早く彼女作れよー!」
「ありがとー。でも一言余計だよー!」
ショウは笑って手を降りながら2人を見送った。
「ごめんねコウくん、こっちで話盛り上がっちゃって。」
「…大丈夫だ。今のやつがタケちゃんなんだな。」
「そうだよ。前に話した通り、明るくて面白い人でしょ?」
ショウは楽しそうに笑う。その顔を見て、何とも言えない気持ちになる自分に気づくのが嫌だった。
ショウが他の奴と仲良くできてるのはいいことなのに。何でそうなってしまうんだろう。
こいつのこれからを考えたら、オレといるよりも、そっちの方が、絶対良いはずなんだ。
…わかってるよ、そんなことは…
心臓の音が嫌にうるさくて、今もオレの目の前に迫っている真っ黒な空の闇が怖くて、思わず目をぎゅっと閉じる。手首を握る力も強くなる。
「…やっぱりさ、お前今日、他の奴と来た方が良かったんじゃないか?」
そしてつい、そんな言葉を漏らしてしまった。少し、声が震えていた。
こんなこと言ったら、せっかく誘ってくれたこいつが困るだろうに。何してるんだ、オレは。バカなのか、オレは。
オレは恐る恐る目を開けて、ショウの顔を見る。
オレの言葉を聞いたショウは、キョトンとしたあと、すぐにまた笑った。
「他の子とは、他の時に違うことして遊ぶからいいんだよー。カラオケとか、ボウリングとかさ。それにぼく、コウくんと花火大会に来たかったから誘ったんだよ。久しぶりに一緒に遊びに行きたかったからさ。他の子と遊ぶのと同じくらい、ぼくコウくんとも遊びたいしね。」
その、全く曇りのない言葉を聞いて、こわばった体の力が抜けていく。
「…そっ、か。」
迫って見えた黒い闇が、すぅっと遠くに行って、さっきまで見えなかった星が見える。周りの遠ざかっていた喧騒も、ガヤガヤとまた楽しげな声が近くで聴こえる。
ショウの言葉で、さっきまでの恐怖や苦しさがすぅっと溶けて、全部どこかに消えていったようだった。すっかり楽しげな祭りの雰囲気がオレのそばに戻ってきた。
…本当に、ショウは良い奴だ。
太陽のようだ、と思った。ショウは、暗さも不安も消してくれる、あたたかくて優しい太陽だ。
「…ごめんな。ありがとうな。」
「?どうして謝るの?コウくん何も謝るようなことしてないじゃん。というか、ぼくの方こそありがとうね。」
「…ああ。」
「ん。じゃ、休憩はここら辺にして後半戦の屋台巡り行こっか!」
ショウは食べきったりんご飴の棒をゴミ箱に捨てて、オレに向かって笑いながら歩き出す。
本当に、ショウには敵わないな…
「おう。」
オレは笑い返して、ショウの隣に並んで歩いた。
「あー楽しかった!めちゃくちゃ遊んじゃったよ〜。コウくんのおかげで射的の景品も取れたし…ん?あれ?コウくん?」
花火がよく見えるという橋のそばに移動すると、すでに人が集まってひしめきあっていた。そして他の人と被って見えにくいのか、ショウはオレを見失い焦っている。
オレはずっとショウの隣や後ろにいたが、案外気づかないもんなんだな。
「おい、オレはこっちにいるぞ。もう少し声のボリューム落とせよ。あとオレのおかげって言っても、上とか下とか指示してただけだけどな。」
「あ、いたコウくん。周りも話してて騒がしいし、ちょっとくらいは大丈夫だよ。コウくんの的確な指示があったから取れたんだよ。ぼくああいうの下手くそだからさ。」
「あんま目立つことすんなよ。…その割にお前好きだよな。撃つやつ。」
「んー、確かにそうかも?」
「前にやってたゲームの時も、お前ゾンビじゃなくて天井撃ったりしてたもんな。」
「あ、あれは仕方ないじゃんっ。だって扉開けたら目の前にいたんだよ、びっくりするじゃん。そりゃ、そうなりもするよ。」
大きくなってもむくれ方は昔と変わらない。欄干に肘を乗せてジトっとした目で見てくるショウが、少し面白かった。
「…やっぱドMだな。ビビるのにホラゲーとかもするし、ホラー映画もまだ観てるし。」
「ドMじゃありませーん、純粋に作品として面白いからしてるだけでーす。というか、それだったらコウくんはドSだよ。」
「は?オレのどこがドSなんだよ。」
「今意地悪してきたし、そういうとこ。」
「これでドS判定になるなら今頃皆ドSだわ。」
「スーパードSコウタローマン。」
「やめろ変な名前つけんな。」
そんなしょうもないことを言いあってるうちに、時間になり花火が打ち上がる。周りにいた人たちがワァッと歓声を上げた。
「わぁ…」
「すげぇ…」
藍色の空に、大きな音を立てながら、さまざまな色や形の花火が次々と打ち上げられ、大きく弾けてはキラキラと散っていく。
やっぱり生で見ると迫力が違うな…そう思いつつ、ふとショウの方を見ると、目があった。ショウはニッと笑う。
「花火、綺麗だね。見れてよかった。」
「そうだな。オレも久しぶりに見れてよかった。誘ってくれてあんがとな。」
つられて笑いながら、オレはまた空を見上げる。
静かな夜は嫌いだが、これくらい楽しくて賑やかならいいもんだな。
「コウくん、あのさ。」
「何?」
「来年も、再来年も、その先も、絶対一緒にいろんなとこ行って、たくさん遊ぼうね。」
「…おう。ありがとうな。」
「こちらこそ。来年も楽しみだなぁ。」
なぁ、ショウ。普通はさ、オレみたいな奴に、ここまでしないとオレは思うんだ。普通は、嫌がると思うんだ。ずっと仲良くなんて、きっとしないと思うんだ。
それなのにお前は、来年も、再来年も、その先も、オレと遊んだりすることを考えてくれている。
お前の想像する未来に、オレは当たり前のようにいるんだな。一緒に、いさせてくれるんだな。
他の奴らと同じで、オレ、これからもショウの友達でいていいんだ。
「…」
「コウくん?」
「あっちも花火、綺麗だな。」
「あ、ほんとだ。綺麗だねぇ。」
こちらの顔を見ようとしたショウから誤魔化すように、オレは顔を背けて反対側の空の花火を指差す。
そこにも、向日葵のような大輪の花火が爛々と咲いて、夜空を明るく照らしていた。
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