8、海
「海だー!」
夏休みが来た。オレたちは今海に来ている。
しかし遊びに来たわけではない。ショウの美術課題をしにきたのだ。なんでも水彩で夏休み中に行った場所の風景を描いて提出しなきゃいけないらしい。
幸い、海岸に人はほとんどいなかった。絵の題材探しには問題なさそうだ。
こいつはずっとインドア派…というか出不精の極みみたいなとこがあったのに、これもまた美術部や友達と関わることで色々感化されたのか、結構外に出るようになったし遊びに行くようになった。
それにしたって前日に「あ、そうだ、明日海に行こう。」で比較的近場とはいえ海行きを決めるのもなかなかだが。
しかも今日もオレがついてくるのはすでにショウの中で確定していたらしく、「明日何時に出る?」と聞いてきた。別に暇してるからいいけどさ。
というか今更だけどオレとショウだけで大丈夫か?泳がないにしても色々心配だ…オレが見張っとくしかないか…
「海綺麗だねぇー。夏って感じ。」
「そうだな。」
二人で並んで砂浜を歩く。空は雲一つない晴天で、ショウが熱中症にならないか少し心配だったが、適度に水分補給や休憩をしているから、多分大丈夫だろう。
「コウくんもなんか面白そうなものとかいい景色見つけたら教えてねー。」
「それ、オレに1番任せちゃダメだろ。自慢じゃないけど、オレの美術の成績1なんだぞ。課題だし、お前が見つけたやつの方がいいだろ。」
「そんなの関係ないよー。ぼくじゃ気づかなかった『綺麗』にコウくんなら気付けるかもしれないじゃない?いつもぼく、聞いてていいなぁって思ってるし。」
そんなもんなんだろうか。
確かにオレはショウから影響されているのか、自分で言うのもアレだが最近は色んなものが綺麗に見えたりするようにはなった。でも、絶対ショウのがそういうセンス的なもんはあると思うが。
オレは普段暇しているのもあって、ショウと話す時の会話のネタとして、「オレが良いと思ったもの」…昼間に虹が見えてよかったとか、朝焼けが綺麗だったとか、でかいカブトムシがいたとか、商店街でいい感じの曲が流れてたとか、流れ星を見たとか、なんかでっかい鳥がいて後を追いかけたら巣を見つけて、綺麗な卵と雛が見れたとか、マジでそんな些細なもんだが、見つけた時はショウに話したりしている。
そしてショウはいつもそれを楽しそうに聞いて、描けるものは絵に起こしてくれたりもする。
オレはその、ショウが喜んだり目を輝かせて楽しそうに絵を描く様子を見るのが好きだったので、なるべく「良いと思ったもの」は報告していた。
「美術的にいいもの」となるとあんまり自信はないが、ショウの頼みだ、なるべくたくさん見つけられるように頑張るか。
「なぁショウ、あっちの方も行ってみようぜ。なんかありそうな気がする。」
「ん?いいよー。…なんかコウくん、今日テンション高いね?」
「そんな、ことはねぇけど…」
そんなに見てわかるほどテンション上がってたか?なんか、らしくないことしちまったな…オレは少し恥ずかしくなり、慌てて話題を逸らす。
「…つーか、さっきからそれ何してんの。指で四角なんか作って、覗いてさ。」
「ん?これ?先生が教えてくれたんだよ。なんかね、写真撮る時とかの構図決めでやるんだってさ。」
「ふーん…って待て、それ向き的にオレ入ってないか?ここ退いたほうがいいか?」
「あ、大丈夫だよ、コウくんギリギリフレームから外れてるから。そのままそこにいて?」
「…そっか。」
本当か?少し不審に思ったが、まぁショウが言うならそうなんだろう。邪魔してないならそれでいい。
ショウはカメラで写真を撮るように構えて、指の四角の枠からこちら…景色をじっと
見ている。そしてシャッターを切るのを真似るように、ゆっくり一つ瞬きした。
「…うん、覚えた。いい絵が描けそう。これも候補ってことで…よし、じゃああっち行こっかコウくん!」
「おう…でも、写真撮らなくていいのか?家に帰ってから描くんだろ?今ので本当に描けんの?」
「うん、大丈夫、描けるよ。」
「本当かぁ?」
「ほんとほんと。ぼく好きで描きたいものは忘れないからさ。コウくんもそれは知ってるでしょ?」
ショウはずっと絵を描いてるからなのか、好きで描くものは後からでも結構細かいところまで覚えている。その割に他のことは忘れっぽいから不思議なもんだ。最近はそれも減ったみたいだが。
砂浜に点々と足跡をつけながら隣で海を眺めているショウを見て、なんとなく、こいつもしっかりしてきてんだなぁ、と感慨深く思った。
「コウくん見てこれ!やばいよ!お宝だよ!」
いい景色や物がないか探していると、ショウが興奮しながらこちらに手を出し何か見せてくる。
それは角が取れて丸っこくなった透明な小石のようなものだった。色んな色や形があり、それぞれ水に濡れてピカピカ光を反射していて、確かにとても綺麗だった。
「なんだこれ、すげー。」
「あっちの方で拾ったんだ!これ多分宝石だよ!あ、あそこにもある!」
「おいこら走んなって!…ったく、聞いてねぇなあいつ…」
ショウは課題そっちのけでその石を探し始めた。
しっかりしてきても昔と変わらないな…あと多分だが、あれは宝石ではない…が、それを言うのも野暮かと思い、黙ってオレも隣で探すのを手伝うことにした。
空が水色からゆっくりオレンジ色に染まり始めた頃。オレたちはようやく切り上げて帰ることにした。
「はー楽しかったねぇ。たくさん取っちゃった、宝石。父さんと母さんびっくりするかな?ふふー。」
人が乗っていない帰りの電車の中で、隣に座るショウは親からのラインを返信しながら満足そうにそう言った。
オレはショウの持っているコンビニのレジ袋に目を落とす。入れるものがなかったので、ショウは昼ごはんのおにぎりを食べた後、この袋に例の小石を入れていた。
「…途中からそれ探すのに夢中になって、結局絵の構図探ししてなかったな?」
「そ、それはぁ…ごめんなさい…あ、でも、課題自体はできるよ!ほら、あの時に記憶したし。」
「ふーん、ならいいけどさ。」
課題に問題がないならそれでいい。それにまぁ、石探しも楽しかったしな。
「…もう少し暗くなったら、銀河鉄道の夜になるね。」
外を眺めたままショウがポツリとそう言った。オレもショウの見ている方を見る。
車窓の外の街は紅い夕日に照らされており、紫の空にはピンクに染まった雲が浮かんでいた。そしてうっすら、星も見え始めている。それらを海が鏡のように反射していて、まるで空の中を電車が走っているように思えた。もう少し暗くなったら、あたり一面夜空になるだろう。確かに銀河鉄道って感じだ。
「…それなんだっけ。宮沢賢治だっけか」
「そうだよ。主人公のジョバンニと友達のカムパネルラが列車に乗って、夜の銀河を進む描写があるんだ。」
「へー。お前好きそうだな、そういうの。」
「うん、好きだよ。ストーリーはなんか、ぼくはちょっと、悲しい感じだと思ったけど…文章がね、キラキラしてて綺麗なんだ。」
文章がキラキラしてて綺麗って何だ。印刷のインクがラメ入りなんかな…いや多分、この場合は文章表現が、ってことなんだろうな。そう聞いたらどんなもんかちょっと気になる。
宮沢賢治の作品は、小学生の時授業でした記憶がおぼろげにある。確か注文の多い料理店だったか。アレの不気味な感じだけ妙にまだ覚えている。
そんなことを思い出しながらふとショウの方を見ると、向こうもこっちを見て笑った。
ショウの顔は、沈みきる直前の夕陽に照らされて、頬や髪が金色に染まっていた。茶色がかった瞳にも光が差し込んで、それこそ星のように目が煌めいて見えた。
「ねぇコウくん。ぼくたち、どこまでもどこまでも一緒に行こうね。」
「?行くって、どこにだよ。」
「へへ。どこへでも!」
「なんじゃそりゃ。」
オレはその返しに呆れつつも笑い返した。
その後、夕飯時に家に着いたショウがその小石のようなものを両親に見せたところ、それは宝石でなくシーグラスというものだと発覚した。
ようは、海に流され波に揉まれる間に角が取れて、丸くなったガラス片だ。
「宝石じゃなかったけど…綺麗なのには変わりないし、コウくんと一緒に探したやつだから、飾っておくよ。」
夕飯の後ショウはそう言って笑い、シーグラスを透明な小瓶に入れ、勉強机に並ぶ他の友達や部員たちとの写真の隣に丁寧に飾った。
「さてと…課題の絵、やるかー。」
ショウは勉強机に画用紙と画材道具を準備し始める。オレは隣でその様子を見守ることにした。
「先に下書きしないとね。えーと色鉛筆は…っ!」
ショウは勉強机の引き出しを開けたと思ったら、ガンッと勢いよく閉めた。何してんだこいつ。
「おい、どうした。」
「ど、どどどどうもしてないよ!?」
いや絶対どうかしてるだろ…めちゃくちゃテンパってんじゃねぇか…チラッと見えた感じなんかの絵っぽかったが。
すごく気になったが、詮索するのはやめておいた。ショウにだって知られなくない秘密の一つや二つ、あるよな。
色鉛筆を見つけたショウは気を取り直して作業に取り掛かる。
「えーと、確かこんな感じで…」
画用紙に青の色鉛筆で薄く下書きを描き、その上から水で薄めた絵の具を器用に塗っていく。
みるみるうちに青い空ができ、翡翠色の海ができ、そして砂浜と奥の建物が描かれていく。そしてポツポツと地面にカラフルなシーグラスも描き加えられる。
ショウが部屋で絵を描いている時はいつも見たりしているが、まるで魔法でも見ている気分だ。
ただ美術部に入ってからショウは、悩みながら描いたり、何やら練習して物を描くことが増えた。
今迷いなく絵が描けているのも、ショウがオレの知らないところでも沢山練習したからなんだろうな。なんだかんだいつも頑張ってるんだよな、こいつ。
そしてしばらくして、課題の海の絵は無事完成した。
「うん、こんな感じでいいかな。」
「…すげぇな、綺麗だ。」
「へへー、ありがとコウくん。」
ニマーッと嬉しそうに笑うと、ショウは使った道具を洗いに部屋を出ていった。
部屋に残されたオレは、ショウが描いたばかりの絵と、シーグラスの小瓶を眺める。
そういえば、ショウと2人で遠くに出かけるのは今回が初めてかもしれない。
今まで遊ぶ時はショウの家か、せいぜい近所の公園とかくらいだった。
日帰りで行ける距離で課題のためとはいえ、あいつと出かけられたことは、正直嬉しかった。
ふと、ショウが帰りの電車の中で言っていた言葉を思い出す。
「ぼくたち、どこまでもどこまでも一緒に行こうね。」
「…どこまでも、か。」
どこまでも、どこへでも。ショウと行くならアリかもな…と、オレは一人思った。
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