7、ホラー映画

 「夏といえばホラー!というわけでコウくん一生のお願いです!一緒にこの映画観てください!」

 「またかよ…」

 スマホの検索画面をオレに見せながら、ショウは両手を合わせて頼み込んできた。お前の一生のお願いは何回あるんだ。

 ショウは美術部に入ってから、他の部員の影響なのか、絵を描くこと以外に読書や映画にもハマり始め、オレもショウの映画鑑賞に付き合う事になった。

 それ自体は別に良いんだが、ショウはホラーが苦手でよく叫ぶから今回のは正直あまり気が進まない。

 家族と観ればいいのにと思ったが、中学に上がってからのこいつの両親は仕事が忙しくて、帰ってくる時間が遅めから仕方ないのかもしれない。だからショウの家の夕飯の時間は、多分少しだけ遅い。

 でもだったらこんな平日の夕方じゃなく、二人がいる休日の昼間に観ればいいのに…

 オレがそう言うと、ショウは

 「だってぼくもう14だし…ビビってるとこ見られるの、恥ずかしいし…」

と返してきたのでオレは呆れた。オレに見られるのはいいのかよ。

 「…そんなに一人で見るのが怖いなら観るなよ。またどうせ夜寝れなくなるんだから。それに明日学校だろ?寝坊したらどうすんだよ。また教育指導のウメセンに怒られるぞ」

 「コウくん…」

 悲しそうな声でオレの名前を呼んでくる。

 「…わかったよ。」

 「わーい!ありがとうコウくん!神様!愛してる!」

 「ほんと調子いい奴だな…」

 はしゃいで飛び跳ねるショウ。観たら明日どうなるかもわかっているのに、こうして毎回折れてしまう自分の甘さにもオレは呆れるしかなかった。


 「っ、ひ…っっ、何?え、ちょ、待って嘘こんなとこで電気消えたら…絶対これ来るって!やばいやばい来る来る来る…うひぃいいあぁああっ!!?」

 「……」

 空が藍色にゆっくり染まっていく頃、ショウの家の一階のリビングで、オレたちはソファに並んで座りホラー映画を観ていた。

 ショウはガタガタと震えながらクッションを抱きしめ、テレビの方をチラチラ見てはわぁわぁ悲鳴をあげる。

 テレビの中で、今まさに幽霊に襲われて叫んでいる主人公の声ですら、ショウに声量が負けている。プロ顔負けの反応だ。つまりすごくうるさい。

 そしてあまりにも怖かったのか、エンドロールが流れる頃にはショウは魂が抜けたように放心してソファに倒れ込んでいた。

 「もう無理、今日はもう寝れない…絶対布団の中からなんか出てくる…頭洗ってる時絶対後ろに誰かいる…」

 「何も出てこねぇしいねぇよ。お前ほんと、怖がりなくせによく観るわ…つーかもう今までたくさん似たようなの観てきたじゃん。今更ビビる要素ないだろ。」

 ため息をついてオレが言うとショウは猛抗議を始めた。

 「そうだけど、怖いものは何回見ても怖いよっ!あんな顔隠れるくらい長い髪とか…白装束とか、そもそも顔自体が怖いし…あのア“ア“ア“ア“…みたいな声とか…しかも呪ったり人殺したりするんだよ!?怖い要素しかないよ!」

 「そんだけ怖いのに見るとかドMじゃん。」

 「ドMじゃない!幽霊が出てくる作品はホラー多いんだよ…この前見たやつは普通に感動系だったし…最後のお別れのシーンとかコウくん泣いてたじゃん…」

 ショウは主に幽霊が登場する作品を選んで鑑賞する。

 なんでそのチョイスなんだ、幽霊が出てくるのなんて大体ホラー系だろ…とオレはいつも不思議に思う。

 「確かにこの前のは良かったけど…それと泣いてねぇから。つーかお前だろ泣いてたの。あと、あんな実際に見たことない奴らでそんなビビるのも、オレにはわからん。」

 「えーうそだぁ…あ、でも…怒った時のコウくんの方が、あの映画の幽霊よりも怖いかもしんない…」

 「…もうオレ、お前と映画観ねぇ。」

 「あーっ嘘ですごめんなさい!勘弁してください!」

 その後一人が怖くなったのか、「やっぱり今日泊まって行かない?」と誘われたが、丁重に断りさっさとショウの家を出た。

 小さい頃ならともかく、お前今いくつだよ。しかも理由ホラー映画だし。


そして翌日の朝、案の定ショウは大寝坊をかました。

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