6、部活
ショウは中学に上がると美術部に入部したが、それはオレが無理やり入れたようなもんだった。
小学校時代、ショウはやはりオレ以外交友関係を持ってないらしかった。そうなってしまったのは、きっとオレのせいでもあるんだろう。
流石になんとかしないと…と感じたオレは、お節介とは思いつつも入学直後に入部を提案した。
別に美術部でなくてもいいのだが、あいつは運動はからきしだし、絵を描くのが好きな分、美術部の方が友達も作りやすいんじゃないかとオレは思っていた。中学は他校からの小学校から来たやつもいる。その分新しい交友関係は築きやすいだろう。しかしショウは、
「ぼくは入らないよ。絵は家でも描けるし。」
とオレの提案をはなからつっぱねた。
「でも、もっと絵描けるだろうしさ。それに…仲良くできる友達、沢山できるかもしんねぇじゃん。」
「入らないし、いいよ、たくさんの友達なんて。」
「なんでだよ。お前このままずっと独りでいるつもりかよ。」
「独りじゃないよ!友達は、コウくんがいるじゃん!」
声を荒らげてショウはそう怒鳴る。オレは初めて聞くショウの声に思わずたじろんだ。
でも、ショウをこのままにしたら絶対にダメだ。
「…じゃあお前さ、オレがいなくなったらどうすんだよ。この先いつまでも一緒にいられるかどうかなんて、わかんないんだぞ。なんかあって、2度と会えなくなるかもしれないだろ。」
「でももしかしたらずっと一緒かもしれないでしょ!他の友達なんて、いいよ!コウくんの方がぼく大事だもん!なんでそんな意地悪なことばっかり言うのさ!」
その後も辛抱強く説得するが、ショウは聞かずに耳を塞いでそっぽ向いて、やだの一点張りだった。何を言っても聞こうとしなくなった駄々っ子のようなその姿を見て、オレはだんだん腹が立ってくる。
オレはこれ以上お前に迷惑かけたくないのに。このままでいることがいいわけないだろ。
「オレ以外の友達を作らないんなら、今、オレから絶交するからな。もう二度と、お前に会わないからな!」
「!」
もはや訳のわからない脅迫じみた卑怯な言葉が、オレの口からついて出る。ピシリ、と一瞬にしてその場の空気が固まったような気がした。
ハッとしてあいつの顔を恐る恐る見ると、呆気に取られたように固まった顔が、じわじわと泣きそうな顔に変わっていく。その顔を見て、ジクリと胸が痛くなった。
オレは、ショウにこんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「…ごめん、言い過ぎた。」
「…」
少し息を吐いて、オレはゆっくり言葉を続ける。
「絶交はしない。酷いこと言って、ごめんな。でも…やっぱりダメだ、オレだけってのはさ…もしオレが、何かの拍子でいなくなったら、本当にお前、独りになるからさ…」
「…」
「それにオレは、いざって時にショウを助けたり出来ないから…だから、友達でも知り合いでも、なんでもいいから、お前のことをちゃんと知ってくれて、困った時に助けてくれる人を、オレは見つけてほしいんだ。」
ショウに悲しい思いをして欲しくなかった。なにより、ショウのこれからの人生を邪魔したくない気持ちもあった。
ショウのご両親だって、オレとの付き合いでこいつのこれからに問題が起きたら、きっともっと心配するだろう。そんなことにはしたくなかった。
オレはショウの目を見つめる。ショウも涙を溜めた目でじっとこちらを見つめて何が考えている。
しばらくしてから、ショウはそっと口を開いた。
「…わかった…入部する…」
ショウはその後、入部届をすぐに提出して美術部に入った。
何度か放課後にこっそり様子を見にいくと、最初こそ少し戸惑っていたものの、美術部の空気はやはりあいつにあっていたようだった。
絵のことや観ていたアニメの話やなんかをきっかけに打ち解けたらしく、放課後に部員の生徒たちと仲良く話したり作品制作をするようになった。ライン交換もしてもらったらしい。
それから、部活の活動で遅くなったり、部員たちと下校するのが増えたのもあって、オレはショウと登下校をしなくなった。
それでも、帰ってきてからオレに向かって毎日楽しそうにあった事を話したり、部員友達に返信したりするあいつを見て、オレは内心安堵した。
「ショウ。学校、楽しいか?」
一通りラインの返信をし終わったショウにオレは声をかける。
「うん、すごく楽しいよ。あ、今ね、部員の子たちとカラオケに行く約束してたんだ。楽しみだなぁ。」
「そっか。そりゃよかった。」
嬉しそうにニコニコ話すショウを見てオレも嬉しくなった。遊びに行く約束をするくらいの仲になったのは何よりなことだ。
「そういえば、コウくんって運動部に入ってたんだよね。たしか…バドミントン部だっけ。」
「おう。それがどうかしたか?」
「なんでバドミントン部に入ったのか、気になって」
「入った理由…」
「うん。あ、えっと、もし言いたくなかったら言わなくてもいいからね。」
オレが少し考え込むと、ショウは慌ててそう言った。
「いや、大丈夫だ。元々運動部入るつもりだったんだ。ただ、まだどれにするか決めてなかったから、体験入部で色んな運動部見てまわってたんだ。そんで、体育館の前を通った時に…たまたまバドミントンの試合をしてる
「赤城先輩?」
「赤城先輩はオレが1年の時に3年生だったバドミントン部の副部長の人だ。」
「へぇー、副部長なんだ。」
「ああ。そんでその人がシングルス…一対一の試合を他の先輩としてて、ジャンピングスマッシュで点を取ったんだ。」
「スマッシュはわかるけど、ジャンピングスマッシュって?飛んで打つの?」
ショウが首を傾げて聞いてくる。
「ああ。飛んで、相手のコートに向かってシャトルを鋭角に撃ち込むやり方なんだ。ジャンプする分早くシャトルを打てるし、角度もより付けられる。」
オレは実際にその動きの真似をしながら説明する。
今でもはっきり覚えている。赤城先輩のあの時の姿を。
相手がコート奥ギリギリまで高く打ち上げられたシャトル。大きくジャンプして体をしならせながら、それを打つ直前のあの姿。すげぇ、と、目を奪われて離せなかった。まるで映画やアニメの演出みたいに、その瞬間だけスローモーションになったような気すらした。そしてそこから打ち出される、抉るような豪速球。たまらなかった。
心の底から、カッコいいと思った。
「…その赤城先輩の姿を見て、オレ、すげーかっこいいって思って…あんな風に打ったり、赤城先輩と試合したくて、オレはバドミントン部に入部したんだ。」
「そうなんだ…なんか素敵だね、そういうの。」
ショウがオレの顔を見て微笑む。
「おう。でも、赤城先輩、バドミントンの腕はすげーけど普段はめちゃくちゃどうしようもない人なんだ。」
「どうしようもない?なんで?」
「部活には熱心だったけど、しょっちゅう授業サボるし…オレが技のコツ聞きに行ったら、等価交換とかなんとかでパシってきたり…学校にエロ本とかゲーム機普通に持ってきたりとかもするし…遅刻したらしたでそのまま開き直って、近所の公園で小学生と虫取りして、教育指導の先生にバレて近所追いかけっこしてたりしてたし…冬にはストーブで料理してみんなに振る舞うし…」
「な、なんかすごいね…」
「ああ…まぁ、顧問からめちゃくちゃ怒られてからはそういうの減ったんだけど…なんかそんな先輩なんだ…」
「コウくん、目が遠くなってるよ…」
喧嘩なんかはしないが、赤城先輩のそういうどうしようもない話しはまだまだあるので、思い返すだけで腹が一杯になる。
よくダラーっと関西弁で喋りながらゲームして、先生か部長が来そうになったらそのままゲーム機持って窓から脱走する姿を、オレは何度も目撃している。
「赤城ぃ!どこだ!!」
「やっば、先生が来よった。ほんならこうたろー、赤城先輩はここには来てへんって言うといて!頼むわ〜!」
「赤城っ!ここか!!…って、なんだ黒谷か。」
「赤城先輩は窓からあっちに逃げました。」
「何、本当か!」
このようなやりとりをあの短い一年で何度繰り返したことか。そしてこの後に「この裏切り者〜」と言われるまでもセットだ。オレが先輩のそういうところに慣れて、必ず先生達に報告するとわかっていても、毎回そうしてくるのはなんなんだ。
めちゃくちゃなのだ、あの人は。
それでも、なんだかんだ丁寧に、色々オレに教えてくれたのも赤城先輩だった。
「こうたろーお前、それちゃうで。手首だけで打つからあかんねん。ちゃんと腕引いて、しっかり振り抜かな。腕は耳の横通るように。」
「こう、ですか?」
「そーそー。あと、シャトルの真下に入って打たな、浮いたヤツしか飛ばんで。一回これ打ってみ?」
「はい!」
「ん。そーそー。できてるやん。えらいえらい。ちゃんとシャトルも綺麗に飛んどるし。その感覚、覚えときや。」
「はい!赤城先輩ありがとうございます!」
「んー。ほんなら、教えたお代として購買のカツサンド2つ、明日買ってきてな」
「えっ」
「はは。嘘や。お前ほんまおもろい顔するわー。眉毛ビィンってなっとるし。飽きひんわ。」
「……」
…本当に、そんな人だった。
そんなでも、バドミントンの試合をする時はやっぱりめちゃくちゃかっこいいから、ずるい人だ。
「…でもマジで、あの人すげーんだ。『俺、バドで天下取るのが夢やねん。いつか絶対オリンピックに出て、1番になったる』ってよく言ってたし、実際本当に強かったから…もしかしたら、そのうちテレビとかで
「そっか…そうなったら素敵だねぇ。ワクワクする。赤城先輩を見られる日が楽しみだね、コウくん。」
「おう。すげー楽しみだ。」
どうしようもないとこもあるけど、オレの憧れで、誰よりも強かった先輩。今頃どうしているだろうか。もうてっぺんはとれたんかな。
…とってくれてるといいな。
後日、オレはショウに見せられたとあるニュースによってめちゃくちゃ大興奮し、ショウから笑われながらも祝福されることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます