4、宇宙人
ショウが小学校に上がってからは、登下校時や家に帰ってから会うようになった。
「ショウ、算数ドリルは?入れたか?水着は?」
「いれた!水着もあるよ!」
ショウはかなり忘れっぽくおっちょこちょいなとこがあるので、オレは朝ショウの家に行って、忘れ物がないかの確認を部屋で一緒にするようになったし、登下校時は事故らないか注意するようになった。
「走ったらダメだぞ。危ねえから。」
「うん!あ、コウくん見て、ねこちゃん!」
「言ったそばから!だから走んなってば!」
ショウは何もない所でもよく転けたりするから、車や自転車が通ってなくても別の意味でヒヤヒヤする。
それにこいつは泣き虫だから、こけたりなんてしたらすぐにシクシク泣きだすのだ。
あんまり気にしすぎ、口に出し過ぎも良くないとは思ってはいるが、やっぱり怪我とかして欲しくないので、ついうるさく注意してしまう。
民家の並びには植木がたくさん置かれており、陽の光を吸収して生い茂る葉に花が鮮やかに咲き乱れている。毎日ここを通って通学しているが、季節によって咲く花が違っていて、なかなか面白い。今は朝顔とひまわりが元気に上を向いていた。
「なんでもない日、ばんざーい!コウくん、おめでとー!」
「おー、おめでとー…いつも思うけど、それなんでオレがおめでとうなんだ?」
「えーっと…なんとなく?」
「なんじゃそりゃ…でも、ありがとな。」
ショウはたまに何から知ったのかは知らないが、「なんでもない日」のお祝いをいきなりしてくる。前にそうする理由を聞いたら
「りゆうがなくても『おいわい』できるから、ぼくすきなんだ。」
と答えていた。まぁ、確かにお祝い自体は嬉しいことだもんな。それにしても月一ペースくらいでしてるからめちゃくちゃ多いな。
民家の並びを抜けると、大きな交差点に差し掛かる。
ここ周辺は交通量も多い上、子供の通学路でもあるので事故が多い。
通学路の途中にある電柱には「事故多し、スピード落とせ!」とデカデカと書かれた色褪せた黄色い看板が置かれ、その側には献花が供えてある。花は夏の暑さのせいか枯れかけていた。
それを横目で見ながら、横断歩道の白線の上だけをとてとて踏んで道路を渡るショウの隣に並んで、オレは歩く。
「あのね、おうだんほどうの、白い線じゃないとこをふんじゃうと、すぐにサメがやってきて、食べられてしんじゃうんだよ。だからぼく、白い線だけわたっていかなきゃなんだ。」
「そうか、そりゃ食われないように気をつけないとな。あと車とかにもな。」
「うん、サメと車に気をつける…あ!コウくんダメだよ!白い線じゃないとこふんじゃったらサメに食べられちゃうよ!」
「…オレは平気だ。強いから。サメもビビってこっちに来ねーんだ。」
「そうなの?コウくんすごい!」
「おう。ほら、早く渡ろうぜ。もうすぐ赤になる」
「うん!」
かなり適当なことを言ってしまったのに、ショウは尊敬の眼差しで見てくる。こいつ想像力豊かな上純粋だな…どっちにしろ気をつけるなら、まぁ別にいいか。オレは少し笑ってショウと学校に向かった。
昼休み、ふとショウのことが気になって、こっそりあいつの教室を覗きに行くと、窓際の自分の席で一人、鼻歌を歌いながら自由帳に絵を描いていた。ディーサイダーマンや車や、通学路の途中にある家の柴犬を描いているらしかった。
そういえば、最近ショウがオレ以外の奴と遊んでいるのを見たことがなかった。
2年生の時くらいまでは他の子と休み時間遊んでいるショウを見たが、今はそれもない。休みの日も基本的に、一人で絵を描いたりテレビを見たりしかあいつはしていない。出かける時も家族とだけみたいだ。
ショウの両親も、ショウのことを心配しているようだった。
進級のクラス替えのせいで別になったから、それで縁が切れたんだろうか?だったとしても、今のクラスの子で友達はいないんだろうか。
あいつは人見知りとかするタイプじゃないのに。物怖じせずオレに話しかけてきたし、近所の人たちにも元気に挨拶したりする。なんで他の子と、クラスの奴らと遊ばないんだろうか。
そんなことを考えながら廊下を移動していると、そろそろチャイムがなるからか、階段のほうから生徒たちがザワザワしながら上がってくる。
その中のうち、とある男子たちの会話が耳に入った。
「でもさー、蒼山、あいつやっぱり、なんかヘンだよな。」
蒼山は、ショウの名字だ。気になったのでオレは注意深くその会話に耳を傾ける。
「たしかに、あいつなんかちょっとヘンだな。ちょっとトロいし、ずっと一人で絵かいてるし。」
もう一人の少し大柄な男子が同意する。オレはショウの学校生活は、ショウの話でしか基本知らない。なるべく学校ではあいつのところに行かないようにしているからだ。
「ドッジの時、ボール顔にあたってたりとかしてたよな。あれいたそうだったなあ…」
「あと去年の運動会の時のリレーもさ、あいつのせいでおれのクラスがビリになったようなもんなんだよなぁ。せっかくおれ、がんばったのに…」
もう一人の小さいやんちゃそうな男子がむくれたように言う。
ショウは確かに運動が苦手だ。運動会のようなチーム戦で順位を競うものでは、特にそういう奴は煙たがられてしまうのかもしれない。あいつも頑張ってたけど、難しいもんだな。
どんなに頑張っても向き不向きはある。オレは運動はそこそこできる方だが、芸術関係の才能は皆無だ。昔のクラス別合唱コンクールの時の、周りのなんとも言えないオレへの反応を思い出す…いや、忘れようそれは。
「あとさあ、あいつ…」
やんちゃそうな男子がその後に続けた言葉でオレは思わず固まった。全身から血の気が引いた、ような気がした。しかしそんなオレに構わず二人は話を続ける。
「あーしてるなぁ。あれなんなんだろうなぁ。」
「わかんねー。でもヘンだし気持ちわるい。ヘンジンだよ、なんならウチュウジンだよあいつ。」
「はは、ウチュウジンて。お前それは言いすぎだろー。」
そう言って笑いながらオレの横を通り過ぎる男子二人は、そのままショウのいる教室に戻っていった。
ショウが今みたいに陰で言われてしまっている決定的な言葉を、オレは聞いてしまった。
「…」
ショウが今、クラスで一人でいることになっているのは、もしかしたらオレとばっかりつるんでるからなんじゃないか。オレとだけいるから、うまく馴染めず、余計に他の奴が離れてって、学校で一人になっているんじゃないか。
「っ…」
そこまで考えて、冷や汗が頬を伝う。心臓の動悸が早くなる。
キーンコーンカーンコーン…
授業開始のチャイムが鳴りはじめる。嫌に間伸びして聴こえるその音が鳴りやんでも、オレはしばらくその場に立ちつくしていた。
学校が終わる時間。普段通りに正門前の電柱の下で待っていると、他の生徒に紛れてショウが正門から出てきた。
オレは少し周りの生徒の様子を見てから、手を振ってショウのそばに寄る。オレに気づいたあいつは、こちらを見て笑いながらそのまま家の方へ歩き出した。
「コウくんあのね、今日の水泳でね、ぼく3メートルも長くおよげたんだよ!すごいでしょ!」
「まじか、すげーじゃん。がんばったな、ショウ。」
「へへ、ありがとう!あ、そうだ、みてみて、昼休みに絵もかいたんだけどね、うまくかけたんだよ。」
ショウはそう言って一度道の端で立ち止まってから、自由帳の絵を取り出して見せてきた。
「へーそうなんか。おー、今日もよく描けてるじゃん。ショウお前ほんと絵が上手いな。この車とか、すげーかっこいい。」
オレがいつものように感想を言うと、嬉しそうにショウは笑う。
「やった!この車、形がかっこいいから、ぼく好きなんだ。あ、あとね、コウくんもかいたよ!」
こっそり見に行った時にあった、ディーサイダーマンたちの絵と一緒に描かれたオレの絵は、笑っている。そして、色鉛筆で他の絵より丁寧に塗られていた。
それを見て、ぐっと喉の奥が詰まる。
「…ほんとだ。こっちもうまく描けてんな。いつもオレを描いてくれて、ありがとうな。」
オレがそう言った時だった。
「あ、ウチュウジンだ!」
オレたちの後ろからそんな声が聞こえてきた。瞬間、ズキン、と心臓が痛むのを振り払うように、オレは声のする方を見る。
そこには、昼休みの時の男子2人がいた。
「ウチュウジン〜アオヤマ星人〜!」
「もーやめとけってお前ー。」
「アハハハ」
2人はケラケラ笑いながら、走ってオレたちを追い抜かしていく。
ショウはポカンとした顔で2人を見つめている。オレはカァッと頭に血が昇るのを感じた。
「っ…あいつら…!」
「…ウチュウジンってぼくのことかなぁ?アオヤマ星人っていってたし、たぶんそうだよね。」
よっぽどぶん殴ってやろうかと思ったが、ショウのそんな言葉を聞いてまたズキンと胸が痛くなる。
ショウが「ウチュウジン」だなんて、そんな呼ばれ方されてほしくなかったし、お前にそんなこと、知ってほしくなかった。
「ショウ…」
「へんだねー、ぼく、『ちきゅう人』だと思うけど…あ、でも…」
ショウはオレの顔を見る。
「ぼくが本当に『うちゅう人』だったら、うちゅう船があるはずだから、きっとうちゅう旅行もできるよね?ぼく、コウくんとしたいなぁ、うちゅう旅行。お月様でウサギさんともちつきして、いっしょに『ちきゅう見』したり、ながれ星をおいかけたり、きれーな星をつかまえたり、あと天の川の上、わたったりとかできちゃうね。たのしそうだねぇ。」
「…そうだな。」
ニコニコと嬉しそうに笑うショウを見て、オレはそう返すので精一杯だった。
「ウチュウジン」と言われたことすら、そんなふうに思えるショウが、こんな目に遭うのが辛かった。ショウは、何も悪くないのに。
何もできない自分が、ショウに迷惑をかけている自分が、情けなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます