第2話 新しい日常
それから彼女は私の家にいる。今目の前で、紅茶を飲み、お菓子を食べていた。
疲れきっていた私にとって彼女は変わっていてそして、新しい風を吹き込んでくれる、小さな訪問者だった。
その後、彼女は割と何者なのかを教えてくれた。
どうやら彼女は悪魔で、死神課に配属している、死神?のようなもので、絶望しきった人間の魂を魔界に誘導するために人間界に来ているらしい。名はアザミと言うらしい。
「まさか、生きていて死神?に会えるとはこんなこともあるのだね」
ふふふと笑いつつ、新しいお茶を入れ、私自身も席に着く。
「まあ、本当は人間とあんまり絡んじゃいけないんだけどね」
彼女は、ふぅと息をつきながらそう言った。
そして、サイドテーブルの上に置いてあった想い人の写真を見て顔をしかめた。
「そんなに、この女のことが好きだったわけだ」
写真の女性を見ながらふーんとでも言うように彼女は、そう言った。
「そうだね、彼女は私の初恋の人だからね」
私は痛む心を押さえつつそう、微笑みながら話した。複雑な感情だ。いい思い出と苦い気持ちが入り交じっている。
「じゃあ、無理やり奪うこともできるんじゃないか、なにか方法があれば、相手がいたって関係ない」
彼女は平然と言い放った。言っていることは大胆なのに至って冷静だ。
私はお茶を飲んでいる最中で咳き込んだ。
「そ、そんなこと出来るわけない!私は彼女の幸せを祈っているよ」
さすがにそんなことは出来ない。否、私には絶対に無理だ。なんというか悪魔らしい発想と言うか。とにもかくにも無理な話であった
「ふーん」
彼女はお茶をすすりながらそのように言った。
「大切な人だからこそ、大事にしたいんだよ、たしかに、私の想いは叶わなかったが、いまでも宝物のような思い出なんだ。」
私は目を閉じて胸に手を当てながら今までのいい思い出を思い出していた。
本当に色んなことがあった。
たくさん、思い出を共有してきたわけだが、彼女は一体いつ他の誰かに恋に落ちていたのだろうか。
彼女の悩み事なら、沢山聞いてきたし、1番の信頼者である自信があったのに、私は彼の存在に気づけなかった。
私が鈍感だったのが悪いのか、もしくは間が悪かったのか。
いや、考えてもわかるわけはないだろう。
「しかし、どうして記憶を消す術が効かなかったのかな、絶望している人間ほどよく効くのにな...」
彼女は不思議そうに頭をひねにっていた。
彼女は、死神として色々な術が使えるらしい。私には全く分からないが、人智を超える御業が使え、自分の想い人に化けた時のことは本当にそっくりで感嘆しか無かった。
「なあ、いっそ、私と付き合ってみるか?絶望なんて吹き飛ぶぞ」
彼女はいたずらっ子のような顔で私にそのような提案をしてきた。
「な、私のような年齢のものに君のようないい子がつ、釣り合うわけがない、もったいないよ!」
私はしどろもどろになりながら、そう返した。実際に私のようなくたびれた人物がまだ生き生きとしている彼女に釣り合うはずもなかった。
「いーや、わたしはあなたより年上だよ、といってもまだ120歳だけど」
彼女は、平然とそうこたえた。
「え?」
私は目を丸くしたが、いやいや、目の前の彼女はどうみても20歳位の年齢にしか見えない、なにかの冗談だろうか?それとも死神と人間とで流れる時の時間が違うのだろうか?
わたしは頭を白黒させながらも彼女の言葉を飲み込もうとした。
「あー、そうえいば私は仕事に行かなければならないよ」
気がつけば仕事の時間に近づいていたことに焦る。
そうして、彼女に、家にあるものは自由に使っていいと言い残して、急いで家を飛び出した。
「店長ギリギリですねー」
「セーフ!」
目的の場所に着くと、従業員の子たちから声をかけられる。私は靴屋に務めるしがない店長だ。
「うん、間に合ってよかったよ」
下の子たちに対してそう笑顔で答える。
「あ、でも今日はスーパーバイザー来てますよ」
一人の子がそう思いついたように言う。
「本当かい」
それは困ったなあと呟きながら、挨拶に向かう。スーパーバイザーとは、店長の上で地域の売上方針などを決めている役職の人だ。
「遅い、もっと早く来れないの?しかも、なんだい、この今月の売上は!全く!」
とこのように毎回ブツブツいわれている、いわゆる店長という役職は、上からの圧力にたえ、従業員の子たちをまとめなければならないという板挟みの立ち位置である。
すみません、すみませんと謝りながら、今後の方針を聞きそれ沿うように売上目標や今後の戦略を決めていく。
そして、帰る頃にはクタクタになっていた。すっかり21時に近い時間だ。
「ふう、疲れた。」
帰り道、大手のカフェがあり運良くまだ空いているので、コーヒーと茶菓子を買って、コーヒーは飲みながら帰ることにした。
「美味しい、少し苦いが。だが紅茶も売っていて捨てがたかったなあ」
色々と迷いつつ、少し苦めのブラックコーヒーに苦笑しつつ、家路に着いた。
今日も私のいつもの一日が終わろうとしていた。だが、帰ってきてちらりと見えた影に、私の日常は少しかわったような気がしていた。
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