第11話 もう一人殺してください
夜も更けた頃、私は裏の墓地へ出かけました。
古井戸の片付けを急がねばなりません。古びた木材をそろりと引き上げてゆきます。昨夜で半分ほどが片付きました。今日も根気良く作業を続ければ、夜が明ける頃には新たな早織ちゃんの隠し場所が完成するはずです。
警察の捜査が始まった以上、ご遺体は一刻も早く移動させなければいけません。どれだけ遅くとも、明日中にはこの古井戸に移さなければ。それに十一月といえど、この湿気です。そろそろ臭ってくる頃でしょう。
錆びた鉄パイプを引き上げ、古井戸の傍らに投げ置きました。ガシャンと耳障りな音が響きます。その瞬間、誰かの視線を向けられた気がして、背筋が凍りました。
私は、見られているのです……。
あのメール。私と璃子の事が全て知られていました。
私は咄嗟に辺りを見回します。しかし誰もいません。近くの住宅のカーテンは閉まり、私を見ている者は一人としていませんでした。私の周囲には同じような形の墓石が整然と並んでいるばかりです。この瞬間も、あのメールの主はどこかから、じっと私を監視しているやもしれないのです。
メールは検索エンジンで作成した簡易アドレスから届いておりました。いわゆる捨てアカウントというものです。詳しい人に頼めば発信者は特定できそうですが、誰に頼めというのでしょうか。璃子が人を殺し、私がそのご遺体を遺棄しました。脅迫されている事を警察に通報するわけにもいきません。だから私には今の所、あのメールの主の正体をアドレスから探るすべはありません。
その時、背後から物音がしました。全身に電流が走ったように反射的に振り向きます。
「どなたですか……」
私は懐中電灯を暗闇に向けます。すると墓石の陰に何かが引っ込みました。風で動いたような動きではなく、明らかに生き物の反応でした。
……見られていた。
「夜間、墓地は立入禁止ですよ。檀家の方といえど、ご参拝は明日にしてください」
毅然をした口調を努め、墓石に向かって声を投げかけます。しかし反応はありません。砂利を踏みしめる足音。靴を履いている音でした。犬猫などではなく人間の出した音です。
私は古井戸から取り出した鉄パイプを握って身構えました。じっと墓石を睨みます。
すると墓石後ろから、ぬうっと青白い顔が現れます。
「……ごめん、なさい」
璃子でした。
「璃子。どうして、こんな所まで」
「起きたら、誰もいなくて……こわくなって」
パジャマの裾をぎゅっと握り締める璃子。ライトに浮き出された俯き加減の顔から不安を滲み出しています。
「すみません。璃子を、一人にしてしまって」
私は屈み込んで璃子の頭に手を置きました。揃った前髪が押され、彼女の両眼を覆いました。隠れた瞳から涙が零れます。
璃子は私の肩越しに目を凝らします。
「お父さん、アレを?」
「ああ、井戸を片付けていました。昼間は檀家さんやご近所の目もありますから、どうしても深夜に作業しなければなりません。夜中に父さんが居なくて、こわかったでしょう……。ごめんなさい」
璃子は無言で古井戸を見詰めています。彼女の細い指が私の作務衣の袖を掴みました。
「あそこに、早織ちゃんを捨てるの?」
捨てると言うか、その……、と私は言い淀みます。
「あそこが、早織ちゃんのお墓になるのです。ここは永恵寺の墓地ですし、きちんと私が供養し続けますから」
「でも、あれは……井戸だよ。お墓じゃないもん」
璃子は逃げるように目線を落としました。目から生気が失せて死人のようです。夕飯も食べていません。もう璃子は限界まで消耗しています。
これは、
私は璃子の罪を隠そうと必死になりますが、みるみる璃子は衰えてゆきます。罪が発覚した方が、璃子は楽なのではないでしょうか。私の善意が、璃子を苦しめているのではないでしょうか。
その時、また携帯電話が鳴りました。
私はピクリと指先を震わせました。まさかまた、あのメールの主から――。私の狼狽が伝染したのか、璃子も不安げに顔を上げました。
璃子から隠すようメールボックスを開きました。案の定、メールを受信していました。送り主は、あの主です。二件のメッセージを受け取っていました。
【もう一人殺してください】
「ば、馬鹿な!」
相手は秘密を条件に、もう一つ殺人を犯せと脅迫してきたのです。私は携帯電話を握ったまま硬直してしまいました。
そして、もう一通のメールには。
【高輪千夏 様を殺してください】
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