最低

第10話 早織ちゃんはお父さんが永遠に供養し続けます

「こ、これは……」

 携帯電話を取り落としそうになりました。頭の中が白んでゆきます。【深江】【早織】【殺】。文字が踊るように揺れ、私の目に襲い掛かってきます。

 するともう一通届きます。タイトルは、また【深江英俊 様へ】。

【藤本早織を殺したのは、深江璃子 様。隠したのは深江英俊 様。場所は、生玉公園】

 足元から寒気が蟻の大群のごとく這い上がってまいります。この送信者は、私たち親子の秘密を知っているのです。

 はっと周囲を見渡します。見られていた、そして今も見られている――。背中を大きな舌に舐められるような、そんな不気味さに付きまとわれてしまいました。

 まさか、璃子にも……。私は二階へと駆け上がります。璃子の部屋をノックし、「璃子、入りますよ」と声を張りました。

 ドアを押し開けると、部屋は真っ暗でした。璃子はベッドで毛布にくるまっております。

「メール……。変なメールは、ありませんか!」

 電気を点けると、璃子の暗い顔が露わになります。目蓋は腫れ、目の下は不健康に落ち窪んでおりました。泣いていたのでしょう。眠れるはずもありません。

 璃子は「……メール?」と力なく聞き返します。

 璃子には子供用の携帯電話を持たせております。防犯ブザーの付いた小振りな物です。登録してあるのも、私と元妻と仲の良い友達数人程度のものでしょう。

「そうです。私の所にも、つい今しがた――」

 私が携帯電話を差し出そうとすると、手の中で短く振動しました。またメールの着信です。新たな一通を見て、私は息を飲みました。

【このメッセージは、誰にも言ってはいけません。深江璃子 様の罪を、白日の下に晒します】

 私の手の筋が硬直しました。動けません。

「どうしたの、お父さん。もしかして、バレて――」

「いえ、何でもありませんっ」

 私は携帯電話を懐にしまい、璃子に見えないように息を整えました。

 そして誤魔化すように璃子を抱き寄せます。法衣に押し付けると、じわりと涙がにじんで伝わって来るのが分かります。ああ、いい匂い――。璃子は温かくて柔らかくて、純粋無垢なる私の愛娘。この子を、殺人犯になど、させません……。

「お父さん、あのね――」

 か細く弱い声。私は「どうしました」と問い返します。

「今日、学校でね……早織ちゃんの話になった」

 私は璃子の言葉を繰り返します。「早織ちゃん、の」

「朝の会でね、先生が言ってた。早織ちゃんが帰ってこない、って。だから今日はずっと、みんな……噂してた」

「噂……。早織ちゃんが、どうなっているか――ですか」

 こくりと首肯する璃子。汗で前髪が貼り付いていました。

「変態に誘拐されたとか、刃物の不審者に殺されたとか、死体はバラバラになってるとか、海に捨てられたとか……」

 そう言って璃子は小さくなって震えます。こわいのでしょう。

「大丈夫です。早織ちゃんは、お父さんが永遠に供養し続けます。だから、璃子も祈るだけで良いのです。早織ちゃんが次の生に輪廻し、安らかな毎日を送ってゆく事を」

 私は璃子をベッドに横たえ、彼女が眠るまで傍にいました。

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