第7話 私から、注意しておきます

 昼過ぎ。私の出番がありました。

「よろしいですか皆さん。嫌な事や悲しい事があっても、仏様が見ていらっしゃるのです。ちゃんとお母さんお父さんの言いつけを守って、お友達に親切にしていれば、必ず仏様が助けてくださるのですよ」

 週に一度の『園長先生のお話』です。私は僧侶でありますので、これは子供向けの法話という事になりましょうか。

 今日は年中のたんぽぽ組が相手です。さすがに五歳児だと十数分の話を聞くにも、集中力に個人差があります。真剣に私を見ている子もいれば、熱心に手遊びしている子もいました。集中力切れするのは早生まれの子が多い気がします。

「こらー。海斗(かいと)くーん!」

 低くて太い女性の声。篠田しのだ先生です。

「ちゃんと園長先生のお話聞かなきゃダメでしょー」

 海斗君は背中に電流が走ったように姿勢を正しました。それを見た篠田先生は満足そうに「よろしい」と頷いています。

「さあ。みんなも、しっかり園長先生のお話を聞きましょうね!」

 通る声で園児たちをまとめるのは篠田しのだ沙紀さき先生。

 ゆうひ幼稚園に勤めて十四年になるベテラン教諭です。父が園長をしている時分から勤めてくださっていますので、幼稚園の事に関しては私よりも経験があります。今では他の先生の指導役もお任せし、大変頼りになる先生でございます。

 長い髪をアップにして額を出し、ツンと高い鼻が彼女の自信を表しているようです。優しく明るく時に厳しい先生で、どんなやんちゃ坊主でも素直にいう事を聞くのです。

 法話を終え、私は子供たちと挨拶を交わして教室を出ました。

「園長先生。少し、よろしいですか」

 篠田先生です。彼女は後輩の先生を二人連れてやってきました。

 威圧的に腕組みして近付いてくる篠田先生たち。私が「どうかしましたか?」と尋ねると、「どうもこうもありませんよ」と通る声で返しました。

「園長先生。さっき海斗君が話を聞いていないの、ご存知でしたよね。甘やかさずに、園児にはきちんと注意してください」

「は、はぁ……。申し訳ありません」

 私は頭を掻いて頭を下げます。篠田先生は苛立たしげに鼻を鳴らしました。

 篠田先生は経験の浅い私を教育者として頼りなく思っているのでしょう。そして彼女には人を叱責して悦に浸る節がございます。

「そろそろ園長先生らしくしっかりしてください。示しがつきませんよ」

 すみません……、と答えると、後輩の先生方が羨望の目を篠田先生に向けていました。

 ベテランの篠田先生は先生方の中心人物でもあります。いわゆるお局様です。

「もう一つよろしいですか、園長先生」

 なんでしょう、と私は引き気味に聞き返しました。すると篠田先生は切れ長の目を吊り上げ、私に詰め寄ります。

「千夏先生です。何なんですか、あの子」

 その名前が出ると、取り巻きの先生方も邪険な顔で頷きます。

「物覚えも悪いし、画用紙切るのガタガタだし、アニメみたいな声でキャンキャンうるさいし、保護者からも評判悪いです。こっちに教育しろって言われても、どうしろって言うんです!」

「ま、待ってください。千夏先生も、まだ一年目で大変なんですよ」

「ったく……マトモなのを採用してくださいよ」

 これが篠田先生の悪い所です。彼女に目を付けられて退職せざるを得なかった若手先生も何人かいた、と耳にしております。

「しかもあの子、桐村先生にベタベタして……。公私混同してませんか!」

「いや、ベタベタって……二人は担任と副担任のペアですし、桐村先生には新人教育役も兼ねてもらっています。話す機会が多いのは致し方ない事でございましょう」

「はあ? どこ見て言ってるんですか園長先生。あの女、わざと桐村先生にカラダ当ててるんですよ。工作の時だって肩くっつけてるんです。みんながいる所で、これみよがしに」

 千夏先生の若さを妬んでいるのか、桐村先生との仲を嫉んでいるのかは分かりません。しかし篠田先生が千夏先生を目の敵にしているのは明らかです。

 私は苦々しく笑って頷くしかありませんでした。

「分かりました。私から、注意しておきます――」

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