第6話 本当に、気にしていないなら良いのですが
「おはようございます園長先生!」
寺の前をほうきで掃いていると、
「おはようございます桐村先生。今朝もお元気なようで、何よりでございます」
「はい、まだまだ僕は若いっすから」
そう言って桐村先生は自転車を降ります。ロードバイクというスポーツ用の自転車だそうです。桐村先生は自転車を駐輪場に停め、大げさなチェーンロックを掛けました。
「若さは素晴らしいです。二十五歳でしたか」
まだ二十四です、と爽やかな汗を拭う桐村先生。
桐村先生はまだ幼稚園教諭には珍しい男性の先生です。学生時代からバスケットボール部に所属していて、体力と爽やかさは評判が良く、子供たちからも好かれています。しかも眉目秀麗の美男子で、保護者のお母様方からも人気です。
「桐村先生がいて助かっております。何しろ幼稚園は、女性の社会でございますから」
「ええ。僕も園長先生が男で助かりました」
肩身の狭い中、私たちは良い話し相手になっておりました。そこに、また幼稚園の門が開きました。
「あー、一番だと思ったのにぃ!」
新人の
おはようございますっ、と千夏先生。
「惜しかったですね。今朝は桐村先生の方が少しだけ早かったようです」
私が言うと、千夏先生は「明日は負けませんよぉ」と桐村先生を見上げます。その口元が照れ臭そうに綻んでいました。桐村先生の口唇も緩んでいます。
「まったく。お二人はお似合いでございますね」
何言ってんすかっ、と桐村先生が両手を振ります。少年の照れ隠しのようで微笑ましく思いました。
「じゃあ、僕は先に行って着替えますんで」
桐村先生は小走りに保健室へと行きます。その背中を千夏先生が柔らかな表情で見送っていました。千夏先生はもじもじと足元の砂利を
思った通りです。千夏先生は桐村先生に恋心を抱いているのです。
いくら心証を隠していても、彼女の言動を見ていれば想いは明らかでございます。千夏先生の新人指導係を桐村先生に任せた時から察しがついておりました。桐村先生に競って早く出勤するのも、桐村先生と二人になりたいからでございましょう。
先生方の間でも噂になっています。きっと二人は両想いで、もしかしたら交際しているのかもしれません。
ところで園長先生――、と千夏先生は口を開きます。
「車、トランクの所……汚れてません?」
えっ――。私は息を止めました。
千夏先生は腰を折ってガレージを覗いています。半開きのシャッターの隙間から、私の車の後部が覗いていました。
「何アレ、鳥のフンでもかけられたんですか……ヤだなぁ」
千夏先生はガレージに近付きます。怪訝な顔でトランクに付いたモノを眺めました。
「鳥のフンにしたら黒いっていうか、赤いっていうか……もしかして、血――」
「あ、後で拭きますからっ」
私は遮るようにシャッターを閉じました。訝しげな顔を上げた千夏先生。その目は純粋な透明で、無邪気な子供の好奇と同じ色をしておりました。
私にも見えました。血液の痕です。早織ちゃんを運んだ際に付いたのでしょう。あの時は暗くて気付きませんでしたが、明るい場所で見ると嫌なほど目立っていました。
「桐村先生と朝の掃除をお願いします。二人でゆっくりで良いですから」
「もー、そんな言い方しないでくださいよぉ!」
文句を言いながらも嬉しそうな千夏先生。車の汚れなどもう気にしていないかのように、上機嫌で駆け出しました。
本当に、気にしていないなら良いのですが――。
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