3節
翌日。
「見ろ、【無能】の親族が選定を受けるぞ」
ハノーバーの領主館の隣に立つ、小さな講堂の中。前列に並ぶ一人の少女を指差しながら、ある男が心無い言葉を呟いた。
指の先にいるのは銀髪朱眼の少女、リタだった。
「【無能】が身内にいるなんて、大変だろうに。可哀そうにな」
「よくいうぜ。どうせ、自分じゃなくてよかったって、思ってるくせに」
「そりゃそうさ。【無能】の家族だなんて、苦労するに決まってる」
リタ達が何も言わないことをいいことに、後ろから嘲笑が飛んでくる。
『いいのかよ?』
アロエが言う。
何がだろう。
『ミィズの奴、今にもとびかかりそうだぞ』
………え?
言われて見てみれば、ミィズはぶるぶると肩を震わせていた。耳は真っ赤に染まり、表情も強張っている。
「この……っ」
「み、ミィズっ! ………し、司祭様、ま、まってる、よ?」
ミィズが怒りだしそうだったので、リタは慌てて止めさせた。折角、ミィズの晴れ舞台なのだ。こんなことで台無しにしてはいけない。
…………私のために怒ってくれた、のかな?
だとしたら、少しだけもったいないことをしたかもしれない―――そんな邪な考えが浮かぶが、ミィズのことを想えばこれよかったのだと思い直す。
「っ………お姉ちゃんが、そういうなら」
ミィズは渋々と言った様子で引き下がってくれた。やっぱり、ミィズはいい子だ。結婚したい。
「気を負わずにね、ミィズ」
リタはそんな想いを心の内にしまい込んで、ミィズを送り出す。
「―――はあ。うん、いってきます」
ミィズは鬱憤を吐き出すようにため息をつくと、リタに促されるままゆっくりと壇上へと登った。
その先にはフードを深く被った妙齢の男が立っており、彼の手には装飾の施された杖が握られている。
「ハノーバー街のミィズ=ハールマン。これより選定を行う」
壇上の男ら慣れた口調で淀みなくそう言うと、杖をミィズの前へと持ってくる。
すると、杖の先端にある水晶がだんだんと輝きを増していった。
その光は通常10秒ほどで消え、杖の先端の水晶にその子供の才能と位階が表れる。それをもって選定は終わり、次の選定へと移るのが一連の流れだ。
だが、
「……?」
それから30秒ほどしても、未だに白く光り続ける杖。
壇上の男も首を傾げ始め、狭い講堂にいる選定待ちの子供とその親族、選定を見届ける役人までもがざわざわと声を上げ始めた。
どうしたんだろう。
「しょ、少々お待ちを―――」
リタも不思議に思っていると、壇上の男が杖を確認し始めた……と思えば、講堂を包んでいた光は何事もなかったかのように一瞬で消え去ってしまった。
慌てる壇上の男だが、杖の水晶に映る文字を見て、今度は愕然と開口する。
「せ、聖魔術……第七域」
この日。
【無能】の妹は、【聖女】となった。
◆◇◆
(ミィズ視点)
「いつまでここにいればいいんだろう……」
選定の日から一週間。ミィズは領主の館で軟禁されていた。
「聖女様の身を守るためですから」と聞かされたが、外に出ることもできず、友人と会うことすらもできない状況は苦痛でしかなかった。
外から見えないようにカーテンは閉め切ったままで、部屋は魔力灯――魔力で明かりを発する装置をさす――が常に照らされている。
外が見れないのではっきりとしないが、腹具合からいって、今は昼前だろうか。本当なら学校で勉強をしているはずだった。だというのに、起きてから今の時間まで、トイレ以外では一歩も部屋から出ていない。
朝から寝るまで、ずっと部屋に篭りっきり。
それを、一週間だ。
このままでは何か病気になりそうだ。肥満という、贅沢な病に。
……だって、ご飯が美味しいんだから仕方ない。甘いものも、言えば出てくるし。
「し、仕方ないよ。領主様の、ご命令だもん」
自信なさげに口にするのは、ミィズの姉、リタだった。
リタは、何故かミィズの使っているベッドの上でうつ伏せになり、言い終えるや否や、枕に顔を押し付けていた。
…………なんで自分のベッドを使わないんだろう。
そう思うものの、姉が変わり者なのは昔から変わらないから、慣れたものだ。
それでも、自分を大切に思ってくれていることは伝わってくるし、学校に通わせてくれているのは、他でもないリタだ。領主からの自立支援金があると言っていたが、それはあくまで生活補助の一環でしかない。
ミィズの学費はすべてリタのバイト代から出ている。
それもあって、将来は自分が姉を養っていくのだと考えていた。
そしてそれは、望外に早くも叶いかけている。
―――光系・第七域魔術。
通称『聖魔術』と呼ばれる光系魔術は、とても珍しい才能らしい。
「ていうか、聖女……聖女って……なんで私が……」
ミィズは頭を抱える。
『選定』で言い渡されるのは、才能の『種類』と『到達度』に別れている。例えば、第四域で天才、第五域で英雄と呼ばれるレベルだ。
……それなのに、伝説の領域とさえ呼べる『第七域』。それを使用できうる才能があるとなれば、その特異性、希少性は計り知れない。
だからといって、【聖女】なんて田舎の子供には不釣り合いにも程がある。
いや、いや。
(やっぱりこれ、夢かな? 夢だよね。夢に違いない)
この一週間、そう思って現実逃避をしようとしてみたが、寝て起きても状況は変わらない。無情な現実を突きつけられるばかりだった。
理解が現実に追い付かない、どこか夢心地のような気分である。
ただ、それはそれとして―――やはり、暇だ。
「…………」
なんとなく、ミィズはリタをじっと観察してみる。
(お姉ちゃん、ちゃんとすれば、すっごく美人なのになぁ)
身内贔屓と言われようと、ミィズは常日頃から惜しいと思っていた。胸こそぺったんこだが、髪を整え、化粧をし、ちゃんとした服でもきれば、きっとどこかのお姫様に見えるだろう。
ちょっとコミュニケーションが苦手なところとか、髪が長すぎるところとか、ずぼらなところとか、諸々を改善さえできれば。
「…………」
だが、そう考えるたびに、リタの顔の模様が脳裏をよぎって嫌な気分になる。
―――無能紋。
11歳になると選定を受けることが義務付けられる。姉はその時、【才無し】を言い渡され、あの模様を刻まれたらしい。
忌々しい。
この国で一番偉い人間―――皇帝と会うようなことがあったら、こんな制度はやめるように、一発ぶんなぐってやりたいと常日頃から考えていた。もちろん、そんなことをすれば極刑は免れないだろう。やる機会がないのなら、想像するだけなら自由だ。
だが、やはり望外にも、その機会に恵まれそうだった。
一週間の軟禁は、そのための待機時間。
選定を受けたその日、領主がやってきて「皇帝と謁見することになるはずなので、待機していなさい」と命令されたのだ。
正直、貴族である領主様に会うだけでも田舎の平民にとっては恐れ多いことだったのだが、さらにその上、皇帝ともなれば、まさに天上人。一生に一度、遠目に見れるかどうかといった存在だ。それが謁見ともなれば、緊張どころの話ではない。
しかも、ぶん殴るとか考えてしまっていた。
「…………」
不敬罪とかで死刑にされるかも。
「ど、どどどど、どうしようお姉ちゃんっ……」
ミィズは急に怖くなって、つい、姉に泣きついてしまう。
こういうとき、つい姉に頼ろうとしてしまうのは悪い癖だ。ミィズにとっては素晴らしい姉だとしても、リタは一般に【無能】と呼ばれる人なのだ。負担になってはいけないと理性が働いても、きっと、大人になりきれていない自分がそうさせているのだろう。
「だ、大丈夫、大丈夫、だよ」
ミィズの頭が、リタに優しく撫でられる。
やっぱり、こうしていると安心する。
こん、こん。
しかし、そんな時間も、誰かの来訪によって流された。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、領主に使える執事だった。この一週間、身の回りの世話をしてくれた恩はあるが、嫌な予感がして、つい警戒してしまう。
そして、その予感は当たっていたらしい。
「帝都からの使いの方が参りました」
がらがらと平穏が崩される音が、聞こえた気がした。
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