第24話 冒険へ
呆然とその場に立ち尽くしていた葵に、背後から声をかけられる。
「大沢葵さん、俺の事わかる?」
名前を呼ばれて振り向くと、そこにはさっきまで一緒だった芹也が緊張した面持ちで立っていた。
「高田さん・・・?」
葵が呟くと、芹也は明らかにホッとした表情になって柔らかく微笑む。
「良かった、君も行ってきたんだね。ダチュラファンタジーに。」
どういうことかと葵は驚いた。驚きすぎて声が出ない。
「驚かせたよね。そこのベンチ、座ろうか。」
芹也に促されるまま葵はベンチに座った。芹也はそこで思いもかけないことを口にした。
「俺はね、一月早くこの世界に戻っていたんだよ。」
その言葉に葵は更に驚いた。だって、先程まで一緒にいたではないか。
「うん、驚くのも無理はないよね。でも、君もスマホを持っていたら見てみて。君があちらの世界に飛ばされた日時きっかりに戻っているはずだよ。俺も同じ。だから俺は君より早くこの世界に戻ってきた。最初は驚いた。こっちでも同じように時間が過ぎてるとばかり思ってたから。だから君が向こうに行って帰ってくるまでの間に、ネットで君のことを調べたんだ。名前と元陸上部ってことだけ分かれば、大会結果とかから中学校まで絞れる。そこから大体の住んでる地区を割り出して、アンディの散歩に行けるような公園を探したってわけ。そしたらここに辿り着いた。君は俺より後にあちらの世界に行ったと聞いていたけど、それがいつなのかはっきり分からなかったから、しばらく声をかけられなかったんだけど・・・、さっきひと目見てわかった。突然君がぼうっとして棒立ちになって。きっとこれは帰ってきたんだと思って声をかけたんだ。ストーカーみたいなことしてごめん。でもこの一月で分かったことがあるから、君に話したくて。」
芹也は一気に話す。葵は状況についていくのに精一杯だったが、とにかく芹也の話に耳を傾けた。この一月でわかったこと、それを知りたかった。
「ダチュラファンタジーって元々メンテが長くてなかなかメンテがあけないことでも有名だったじゃない?ここ最近は臨時メンテがかなり多くて、日中でも突然メンテに入ることが多くなってた。それは覚えてる?」
芹也にそう言われて、葵は記憶の糸を手繰り寄せる。あちらの世界に行っていて忘れかけていたけれど、学校から帰宅してスマホでログインしようとしても突然メンテナンスに入っていてログインできないということは確かにあった。そういうときは早めにアンディの散歩に行ったりジョギングしたりして時間を潰していたものだが、葵にとっては初めてのMMORPGだったから、こんなものなのかなと思っていた。
「まあ確かにソシャゲはメンテの長いMMOも結構あるしね。ただ、この一ヶ月俺なりに色々調べたんだ。ダチュラファンタジーの不具合は原因不明のことが多かった。恐らくスオウが言っていた、スオウ自身によるバグが原因なんじゃないかと俺は思う。あとこれ、見て。」
芹也が見せてきたのは芹也のスマートフォンだった。そこにはダチュラファンタジーの公式ホームページが開かれている。
「キャラクターのところ、見て。」
促されるままにキャラクターのページを開くと、そこには追加の新キャラクターとしてスオウ、ラーク、アルス、フリージアの姿があった。
「え、これってどういう・・・。」
葵は困惑して芹也の顔を見る。
「これはさっき更新されたばかりのキャラクター情報。しばらく様子を見ないと分からないけど、もしダチュラファンタジーの不具合が今後以前より少なくなるなら、スオウのバグは解消されたと思っていいと思う。このスオウがあのスオウなのかどうかは、正直分からないけど・・・。ラークさんたちについては俺も驚いた。三人とも主人公を導くサブキャラクター、ってことになってるから。でも、思ったよ。三人はあそこでちゃんと生きてるんだって。」
芹也の言葉に葵はホッとしていた。あの時別れ別れになって、二度と彼らのことはわからないと思っていた。それだけに嬉しい。
「魔王の事は正直わからないんだ。魔王の力がどうなったのかも。でも、それを確かめる方法が俺たちにはある。」
「ダチュラファンタジーをプレイすること、ですか?」
葵がそう問いかけると、芹也は嬉しそうににっこりと笑う。
「大沢さん、俺とフレンドにならないか?俺と組んでダチュラファンタジーをまた冒険しよう。」
そう言って芹也は片手を差し出す。葵は驚いたが、「はい。」と言ってその手を握り返した。
「高田さんがフレンド第一号です、どうやってフレンド作っていいか分からなかったからずっとソロで遊んでて。」
葵が気まずそうに告げると、芹也はそんなこと関係ないと言わんばかりに微笑む。
「君が頑張り屋なのはよく分かってるよ。だからこっちの世界でも友達になりたい。そう思って君を探したんだ。」
友達。その言葉に葵の胸が少しちくんとしたが、それを振り払うように答える。
「ありがとうございます、足手まといにならないように頑張ります!」
そう言うと芹也は、苦笑する。
「多分、それはないと思うよ。俺のキャラクター、レベルカンストしてたから。きっと大沢さんのキャラクターもカンストしてる。」
え、と葵は慌ててスマホを取り出してダチュラファンタジーのアプリを立ち上げ、ログインする。そこにはレベル99のキャラクターが確かにいた。芹也は楽しそうに、「ね?」と笑っている。その微笑みに、どきりとする。
「俺たちの旅は確かにあったんだよ。キャラクターがそれを証明してる。」
その言葉とともに、葵は空を見上げた。夕方の薄暗い空だったけれど、広い空はもしかしたらダチュラファンタジーの世界に繋がっているんじゃないか。もう二度と会えない三人にまた会えるんじゃないか。そんな気がした。
そして芹也。葵は自覚した。芹也へ恋心を抱いていることを。だから、こちらの世界で少しずつ頑張っていこう、そしていずれ自分の気持ちを芹也に伝えたいと思った。
こちらの世界では一瞬の出来事だったダチュラファンタジーでの出来事。
あの出来事がダチュラファンタジーの世界をどれだけ変えることができたのか。それを知るために二人はゲームの中の新たな旅に出るのだった。
飼い犬と一緒にゲームの世界に転移したらオッサンな飼い犬とイケメンに出会っちゃいました!? あずさちとせ @AzusaChitose
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