第23話 闘い

 スオウの言葉に、葵達は絶句したままだった。だが、そんな葵達をよそにスオウは続ける。


「うーん、こっちの三人にはバグの意味通じてるかな?不具合のことだよ。この世界が崩壊するってことでストップしちゃってる気がするけど、続けるね。僕がいるとこの世界が崩壊するの。だから倒してほしい。それが僕があちらの世界から人を喚んだ理由。ちなみにだけど、僕が一箇所に長く留まらないのは、僕が長く留まりすぎるとその場所に影響が出て崩壊してしまうから。だから僕は移動することでこの世界の崩壊を防いできた。でもね。それは根本的な解決にならないんだ。僕自身が消え去らなければこの世界の崩壊は止まらない。本当は自分で自分を消せれば良いんだろうけどね、残念なことに自分で自分を攻撃できないようになってるらしくて。」


 スオウはそう言ってため息を一つついた。


「待ってよ!だってスオウあなた、私をこっちに喚んだ時に言ったじゃない!倒されても復活するって!」


 葵がほとんど悲鳴に近い声をあげる。それを聞いてスオウは困ったように笑った。


「ああ、そんなことも言ったね。実際には、僕は倒されたことがないからわからないんだよね。バグのない状態で復活できるかもしれないし、もしかしたら二度と復活しないかもしれない。こればかりは倒されてみないとわからないんだ。」


 葵はもう言葉が出なかった。どうして。どうにかならないの。その言葉で頭の中はいっぱいだった。


「大沢さん。もういい?」


 芹也が葵に問いかける。芹也を見ると、既に杖を手にして臨戦態勢を整えている。


「そんな、待って・・・!」

「もう聞きたいことは聞いたでしょう。それにこのままだとスオウの言う通りなら、この世界が危ない。」

「それは・・・!」


 芹也の言葉に葵は言葉をなくした。なんと言っていいかわからない。どうにかできないのか。そう思っても何も出てこない。


「葵、僕の話納得してくれた?そしたら戦ってくれるよね?」


 スオウはそう言うと、指の先から火炎玉を出し、こちらに指先を向けてくる。


「大沢さん!気持ちを強く持って!そうじゃなきゃ、帰る前に君がやられてしまう!」


 芹也の言葉と同時に、火炎玉が葵達に向かって放たれる。


 葵は反射的に唱えていた。


「ホーリーシールド!」


 スオウの指先から放たれた火炎玉は、葵の魔法によって展開された盾によって弾かれる。

 その様子を見て、スオウは口笛を鳴らす。


「僕の魔法を弾くなんて。葵の力は相当高いってことか。」

「余裕ぶっていられるのも今のうちだ!ファイアーウォール!」


 芹也がスオウの足元を狙って炎の壁をそびえ立たせるが、スオウはふわりと避けてみせる。


「次は避けられないぞ!ファィアーアロー!」


 芹也が火の玉をスオウに向かって放つ。まるで追尾しているかのように炎の玉はスオウを追いかけていく。


 目の前で戦いが始まってしまった。葵はこちらに来たとき、スオウから自分が倒されても復活できると聞かされていたから安心していた。だが、そうじゃないかもしれないと聞いてまた決心が鈍った。

 

 スオウを攻撃できない。


 ただホーリーシールドを展開して、回復していくしかできない。


 どうしよう、どうしよう。


 頭の中ではグルグルとそれしか出てこない。


「葵!」


 アンディの声が響く。ハッと気がついて一瞬アンディに視線を落とした。


「迷うのもわかる!でも、このままだと皆死んじゃうんだろ!?スオウがどうなるかは分かんねえけど、ラークもアルスもフリージアも、フランツもマリアも!お前が出会ってきた人達はこのままだと消えちまう!お前それでいいのかよ!」


 アンディの言葉に、葵はぐっと言葉に詰まる。アンディの言う通りだ。わかっている。強くなりたいと思ったばかりなのにこんなふうでは、なんて自分は情けないんだろうと葵は思った。


「大沢さん!」


 葵がそう思った瞬間、スオウから火の玉が葵に向かって一つ飛んできていた。走り込んだ芹也が、葵の前に立ちふさがってそれを受ける。


「高田さん!」


 葵の展開していたホーリーシールドのおかげで直撃は免れたが、衝撃で芹也は地面に転がった。


「ヒール!」


 芹也に回復魔法をかけながら、葵は自分の心の弱さを呪った。こんなふうではいけない、私は私の大事な人達を守りたい、守らなければー。


 葵は顔を上げた。

 私は弱い。でも、みんなを守りたい。

 そう思って前を見た。


「ホーリーアロー!」


 次の瞬間、葵は攻撃魔法をスオウに向かって唱えていた。ビショップに数少ない攻撃魔法のうちの一つで、葵が知る限りビショップの攻撃魔法の中では一番強い威力を誇るものだ。


「大沢さん!」

「私、皆を守りたいです。だから。」


 葵の頬には涙が伝っていた。本当は、完全に殺してしまうかもしれないという怖さはあった。でも、どうしても選ばなくてはいけない。何もかも投げ出して逃げ出すわけにはいかなかった。だから葵は決めたのだった。スオウを倒すと。どんなに辛くてもこの世界に住む人達を守りたいと思うくらいには、出会った人達に愛着があった。


「へえ、葵もやる気になったんだ。じゃあ本気でかかってきてよね。そうじゃなきゃ僕は倒せないから!」


 スオウの挑発に、葵は悲しそうにスオウを一瞥すると「負けない。」と一言呟いた。

 そして、ホーリーシールドを展開しながら自身もホーリーアローで攻撃に打って出る。

 

 スオウは五人の苛烈な攻撃に防戦一方となり、疲弊していった。そして一瞬の隙が生まれ、その隙を芹也は見逃さなかった。


「ファイアーウォール!」


 避けようとしたスオウは足がもつれて逆に倒れ込む。その瞬間、ファイアーウォールは発動した。

 一気に炎がスオウを包み込む。


「ウワアアア!!」


 スオウの悲鳴が炎の壁とともに立ちのぼり、そして壁が消えた瞬間、煤けたスオウがそこに立っていた。


「まだ生きているのか!?」


 芹也が更に魔法を打ち込もうとしたが、スオウはぐらり、と揺れてその場に倒れ込んだ。


「負けたよ・・・もうこのまま消えるしかない。ありがとう。」


 スオウが蚊の鳴くような声でそう呟いた瞬間、辺り一面に光が輝き出した。


「なにこれ・・・!?」

「もしかして、元の世界に戻るのか!?」


 芹也がそう言った瞬間、葵と芹也の体がふわりと浮いた。


「待って、魔王の力は、スオウは・・・!」


 葵が焦って地上に残る三人の方へ手を伸ばしても、虚しく空を切るだけだった。

 三人も必死で二人の名前を呼び、手を伸ばしてくれるがスレスレのところで届かないまま段々二人の体は空に向かい強い光に包まれていく。


 葵は必死で芹也に向き直って、叫んだ。


「高田さん!私・・・!」


 遮るように芹也が叫ぶ。


「大沢さん!絶対向こうで会おう!」


 そう叫ぶと、芹也の姿は全て光に包まれかき消えてしまう。


「待って!向こうって・・・!」


 葵がそう叫んだ、と思った次の瞬間、光がバチリと弾け飛び、葵は目を開けていられなくなった。そして次に目を開けたときには、見慣れた公園の姿が広がっていた。


「楓公園だ・・・。」


 慌てて自分の格好を見る。Tシャツに体操着のズボン、スリングにはアンディ。アンディも何が起きたかわからない、という顔をして葵を見上げている。


「アンディも何が起きたか分からないよね・・・。」


 葵がアンデイに話しかけても、アンディはクウンと鳴くだけだ。こちらに帰ってきて、アンディは元のとおり話せなくなってしまったのだ。

 葵はどうしたらいいのだろう、と、途方に暮れるしかなかった。

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