第11話 それは彼の影

 村長に無事会った五人は、村の近隣の洞窟の入り口にやってきていた。村人が見た足跡はこの洞窟に続いていると村長から聞かされたからだ。

 洞窟には村の特産のキノコが自生しており、村の特産物が収穫できなくなるのは困ると村長は話していた。

 元々この洞窟に強いモンスターは生息していなかった。なのでキノコを収穫しに行く時には自警団と村人達が協力して洞窟に入り、自警団がモンスターを倒し、その隙に村人達がキノコを収穫していたのだった。だが、自警団では手に負えない強いモンスターが住み着いてしまったので、詳しく村長から話を聞いたところ、自警団のメンバーには怪我を負った者もいるということだった。


 五人は村長から腕に覚えがあるのなら助けてくれないかと言われ、洞窟までやってきたのだった。アンディは危険なのでフランツが預かってくれるとのことで、今回はお留守番である。


 さて、五人は洞窟に足を踏み入れた。村長の話によると、強いモンスターが住み着いてからは中級以下のモンスターは出てこなくなった。恐らくは強いモンスターに恐れをなしてそこに近づかないのではということだった。つまり、モンスターは強いモンスター一匹だけということになる。そこまで魔力や体力を温存できるのは有り難かった。ただ、モンスターが洞窟の奥にいるのか中間にいるのか、全く居場所が分からないのことについては葵は不安だった。突然襲いかかられる可能性があるからだ。葵は不安を覚えながら、慎重に歩を進めた。他の四人もいつ遭遇するか分からないモンスターに警戒を緩めない。

 

 五人は少しずつ、しかし着実に歩を進めた。結局モンスターと遭遇することなく奥にたどり着いてしまった。何故かモンスターはそこにいない。外に足跡があったりすることから、出かけているのかと葵は思ったが、次の瞬間芹也が天井に向かって魔法を放った。


「ファイアーボール!」


 グァ、という声が天井から聞こえたと思った途端、ドサリと巨大なトカゲ型のモンスターが地面に落ちてきた。ラークは斧を構え、アルスもそれに倣って剣を構える。フリージアは弓を構えながら葵を守るように立つ。その姿を見たモンスターは、じっと五人を見据え、そしてため息をついた。


「襲われないように天井に隠れてたってのに、目敏いやつがいたもんだ。」


 それを聞いた五人はキョトンとして顔を見合わせた。


「俺は魔王様の命令でここにいるだけだ。そう、いるだけなんだよ。戦うのもかったるいし、そんな面倒くさいことはしたくない。さっさと帰ってくれ。」


 どういうことか、と、五人は戸惑った。葵は困惑しながらトカゲに話しかける。


「待って、あなたは村の人に怪我を負わせたと聞いたわ。なにか目的があってここにいるんじゃないの?」


 葵がそう聞くと、トカゲはああ、と息を吐いて答える。


「そりゃああいつらが攻撃してきたからだ。俺は戦う気なんぞなかったが、集団で襲われちゃ困るんで尻尾でちょっと叩きつけてやっただけだ。なに、死ぬほどの怪我は負わせてないさ。」

「でもここは、村の人達が特産品を収穫してるのよ。ここにあなたがいたら困るの。」


 葵がそう言うと、トカゲはまたグエッと妙な声を出す。


「そんなこと言われてもよ。俺は俺の偉い人にここにいろって言われただけだしよ。ここで何かしろと言われたわけでもない。別に勝手に特産物とやらを収穫するぶんには構わねえよ、俺を攻撃しなければな。」


 かなりやる気のないモンスターのようだ。五人は戦う意志を一気に削がれてしまった。

 葵は困った顔をして四人の顔を見る。全員が困惑した様子だ。


「本当に戦う意志がないと思いますか?」

「大沢さんが疑問に思うのもわかる。でも俺の攻撃に反撃すらしてこないし…。」

「今だっていつ襲ってきてもおかしくないはずだが、呑気に葵と話し込むくらいだし敵意はないんじゃないか。」

「そうね、兄さんや芹也の言う通り敵意を感じられないのよね。」

「なんか変わったやつみたいだよなあ…。おっとりしてるというか。」


 五人はそれぞれ話すと、うーんと頭を抱えた。このモンスターを討伐してしまっていいものか分からなくなってしまったのだ。


「本当に村の人達に攻撃しないってことなら、中級モンスターも出ない洞窟になったんだし逆に安全にキノコを収穫できるということなのかな?」


 葵がそう言うと、ラークがなるほど、と得心したように頷いた。


「本当にお前さんは村人達が収穫に来ても襲わないと約束できるか?」


 ラークが聞くと、モンスターは面倒くさそうに前足で頭をポリポリとかいた。


「襲わねえよ、なんのメリットもねえもん。魔王様があいつの機嫌を損なわないように俺をここに置いてるだけ、だからな。」


 それを聞いてラークはふむ、と頷いた。


「あいつというのが誰かは分からんが、魔王が特に動いていないことは知っている。お前の言うことに嘘はなさそうだ。だが、あいつ、というのが気になる。あいつというのは誰なんだ?」


 ラークが問いかけると、トカゲはうーん、と首を傾げた。


「魔王様より強いやつがいんだよ。俺も見たことはねえけど。魔王様はそいつに頭が上がらねえんだ。」


 葵はまさか、と思った。魔王がこの世界のどこかに存在することはわかっていた。そもそもダチュラファンタジーは魔王からの脅威に立ち向かうストーリーで、スオウについてはスの字も無かったのだ。だがこちらに転移してから、魔王のまの字も出てこなかった。街や村の周りも中級モンスターが出てくるのが関の山で、人々は平和に暮らしていた。だから葵は気がついてしまった。


「まさかそれってスオウ…?」


 呟いた葵に四人の視線が一気に集まる。トカゲのモンスターは興味がない、といった風情で「わかんねえ」とだけ答えた。元々あまり色んなことに興味のない性分のようだ。


「もしそうなら、ここにこいつを配置させたのもスオウってことか。」


 ラークが呟くと、芹也が答える。


「一度その魔王に会ってみないといけないな。スオウに繋がる手がかりがあるかもしれない。」


 四人は頷き、村に向かったのだった。

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