第6話 撤退

 この街の近隣の神殿にスオウが来ているという情報を得た四人は、早速翌朝神殿に向かうことにした。元の世界に戻してもらうよう話をしてみることにしたのだ。


 神殿に向かった四人と一匹は、神殿の警備隊に呼び止められた。


「神殿内は今立入禁止になっている。誰かと約束をしているのか?」


 声をかけられた葵は戸惑った。スオウに会いに来たけれど、約束をしているわけではない。なんと言っていいものか悩んでいると、背後から声をかけられる。


「あれ、葵じゃない?僕に会いに来たの?」


 振り返れば、そこにいたのはスオウだった。葵に緊張が走る。その様子を見たフリージアがそっと葵の手を握り、声をかける。


「葵、もしかして彼が?」


 葵が頷くと、ラークとアルスが守るようにその前に立った。


「あなたが、スオウ様ですか?」


 問いかけたのはラークだった。


「そうだよ?君たちはこの世界の人だね。葵やるね、もうこんなに仲間を見つけたの?もしかして僕を倒せるくらい強くなっちゃった?」


 楽しそうに葵に話しかけてくるスオウに、四人とも絶句する。だが葵は勇気を奮い立たせてスオウに問いかける。戦わなくても良いのならその方がよっぽどいい、葵はそう思っていた。


「スオウお願い!私は理由もなくあなたと戦いたくない、戦わなくてもすぐに元の世界戻れる方法はないの!?」


 そんな葵を尻目に、スオウは楽しそうにクスクスと笑い出す。


「やだなあ葵、すぐになんてそんなの、僕を倒す以外には存在しないよ。でもその感じだと、強くなったわけじゃないみたいだね。つまらないよ。」


 そう言うとスオウは、左手を高く空にかかげて勢いよく下げる。

 その瞬間、四人に向かって大きな真空波のようなものが放たれた。慌てて四方へ避ける四人。しかし一瞬逃げ遅れた葵の足に刃がかすれて、葵の足から血が滲む。


「ヒール!」


 葵が治癒呪文を唱えると、傷はたちまちのうちに塞がった。そして葵はスオウに向き直る。


「何をするのよ!」


 だがスオウは、いきりたつ葵に対しても平然としていた。


「どうして?理由がないといけないんでしょ?だから理由を作ってあげようと思って。君たちのうちの誰かを攻撃すれば、葵は僕を倒したくなるよ。だからそうしてあげようと思って。」

「そんな…!」


 葵はスオウの思考回路が全く読めない、と思った。どうしてこんなことが平気でできるのかわからない。


「この三人はあなたの世界の人達でしょう!」


 そう言っても、スオウには響いていないようだ。


「だから?僕は僕の愉悦を探しているんだ。この虚無感を満たしてくれるなら、そしてそのためなら手段は選ばないよ。この世界の人間は死んでしまうから、君を発奮させるにはちょうどいいでしょう?」


 そう言ってにっこりと笑うスオウに、葵は心の底から恐怖を覚えた。

 この神様は私とは違う倫理観で生きているのだ、言葉はわかるのに全く通じていない感覚。そこにあったのは無力感だった。

 そして、スオウの言う、『この世界の人間は死んでしまう』という言葉が気にかかった。スオウは以前、葵とアンディは絶対に死なないと言った。怪我をしても絶対にしなないと。そして気がついた。

 ーまさか…。


「この世界に生まれた人間は、この世界が現実だから死んでしまうということなの?私は日本から来たから、あくまでプレイヤーだから死なないということ?」

「御名答!」


 スオウは高らかに笑う。葵はショックだった。自分のせいで三人を危険に晒しているのだ。モンスターは倒されても復活するのに、人間は死んでしまうなんて。

 自分もアンディも、そしてモンスターも、完全には死なない世界だから、人間たちもそうだと思いこんでいた。


 ーまさか、そんなことって…。


 葵は悔しさに手をぎゅっと握りしめた。痛いほど強く。そして決めた。


「スオウ、私達は一旦引く。でも絶対に諦めない、あなたを倒すにしても今の私達では相手にはならない。また会うときはあなたを倒す!」


 そう宣言すると、四人に向かって


「逃げます!」


 と叫んで脱兎のごとく逃げ出す。葵の様子に驚いた三人は一瞬遅れたが、つられるように葵について走り出す。

 スオウはそんな四人の姿を見てケラケラと笑いながら、追撃もせずに見送っていた。

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