第5話 告げる
レベル上げの戦闘は結局夕方まで続いた。日も暮れてきたのでそろそろ切り上げようとフリージアに言われ、葵は素直に従った。暗くなるとモンスターが強くなると教えられたからだ。ちょうど魔力も切れた頃なのか、体がなんとなく重い。(早く宿に戻ってシャワー浴びてベッドに横になりたい…。)と、疲れ果てた葵は思っていたが、そうは問屋が卸さない。アンディである。
「俺の散歩!メシ!」
と、先程からうるさいのである。葵は重い体をのろのろと動かしながらアンディの散歩に向かうことにした。ついでに街中をフリージアと共に散策することになった。
夕方の町並みは昨日の夜の町並みとまた違うものだった。昨日はランプやお店の明かりを頼りに道を歩いたが、今日はまだ明るい。町並みがくっきり見える。
昨日も葵は感じていたが町並みは西洋風だった。ゲームでも西洋風を謳っていたのだから当たり前ではあるのだが、馬車が通ったり荷車が通ったり、現代日本とは全く違う光景にいちいち感心する。それでいて下水道などは発達しているらしく水洗化されており、トイレは水洗だしシャワーも浴びることができる。葵は正直、授業で習ったようなリアルな中性ヨーロッパじゃなくてよかったと思った。衛生観念が違いすぎて生きていける気がしない。ここはあくまでも日本人が作った日本人の考えるゲームの中なのだなあとしみじみ思う。
葵が町並みを眺めながら色々思いを巡らせていると、いつの間にか宿に着いていた。とりあえず宿に戻りラークとアルスと合流することにした。二人はまだ戻っていないようで、二人の部屋からは物音一つしない。
汗もかいたしシャワーを浴びて二人を待つことにしようと、フリージアと順にシャワーを浴び、ベッドでぼんやりと今日のことについて思い返す。
(レベル上げってゲームしてるときも地道な作業だなと思ってたけど、こっちでも同じなんだな。)
むしろ、実際に体力を使う分こちらの世界の方が大変である。葵は疲労も感じていたが空腹も強く感じていた。アンディもそれは同じだったようで、
「葵、メシまだ?」
と、前足でトントンと葵の座るベッドを叩きながら催促してくる。ちょうどその時、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「フリージア、葵、メシ食いに行くぞ。」
ラークだ。ラークとアルスが帰ってきてからアンディにはご飯をあげようと思っていた葵は、「はーい!」と返事をし、そしてスオウにもらったスキルでフードを出した。フードボウルは宿の主が使わない食器だからと貸し出してくれたものを使う。なぜかわからないがフードは紙袋で出てくるらしい。昨日もそうだった。アンディがいつも食べている三キロのフード。アンディは準備をしている間もお待ちかね、といった感じで期待して尻尾をブンブン振っている。
「ご飯食べたらすぐ戻ってくるから、アンディはいい子にしててよ。」
葵が言うと、アンディは鼻をフンッと鳴らしていかにも偉そうに答えた。
「俺はもう六歳なんだぞ?メシ食ったら寝て待ってるに決まってるだろ、子供じゃあるまいし!」
アンディはフランクで誰とでと仲良くなれる犬だが割とドライなところがあり、飼い主べったりじゃなくても平気である。元々日本でも、留守番を苦もなくこなすタイプの犬だった。葵は通常運転のアンディをみて、こちらの世界に来て自分の方が不安になっているのかなぁとなんとなく思った。
ラークとアルスと合流した葵とフリージアは、昨日行った居酒屋で食事をとることにした。レベル上げでお腹が空いているので遠慮なく食べることにする。ゲームで貯めていた通貨はそのまま葵の手持ちのお金となっていたので、今のところお金には困っていない。
「それで色々聞き込みをしてみたが、スオウ様は普段から世界中の神殿を転々としてるらしいんだな。神出鬼没らしくて、昨日はこの国の神殿にいたのに今日は全然違う国の神殿に現れるなんてことはしょっちゅうだそうだ。ただ、この数日はこの近くの神殿に来ているらしい。まあ、いついなくなるかは誰にもわからないんだが。」
ラークが大きな肉をかじりながら言う。
「この一ヶ月くらいでニホンという国から来たという人がちらほらいるという話も聞いた。だいたいその人達は葵と同じ黒髪黒目の見た目の人が多いらしい。中にはカラフルな髪色をした人もいるらしいんだが…。」
アルスが喋りながら首を傾げる。それは多分染めているだけですよと葵は心の中で答える。
「葵、お前は神様に会って何をしようとしてるんだ?」
アルスが真剣な眼差しで葵を見つめる。葵は狼狽した。スオウに言われたのはスオウを倒さないと日本には帰れない、ということだ。でもそれを話してしまったら、この人達はたちまち自分から離れてしまうのではないか…。葵はその不安にかられたのだ。
しかし、真剣な瞳のアルスに対してふざけた態度は取れないと思い直した葵は、きちんと話をすることにした。
「私は、スオウと戦って倒して、それで自分の国に帰りたいです。そうでなきゃ帰れないとスオウに言われたから。」
真っ直ぐアルスを見返してそう答えた葵に、今度は三人が言葉をなくして葵をじっと見つめる。
葵の話を要約すれば、つまり「神殺し」に付き合えと言われているようなものである。咄嗟に言葉が出てこなくなるのも仕方のないことではある。
誰より先に口を開いたのはラークだった。
「他に方法はないのか?」
葵は頭を振って否定した。スオウはもう一つの方法として、ダチュラファンタジーのサービス終了を上げていた。ソーシャルゲームの寿命は短いものが多い。もしかしたらダチュラファンタジーもすぐにサービス終了して葵も元の世界に帰ることができるかもしれない。だが、それはあくまで仮定の話だ。逆に爆発的な人気になって十数年と続くかもしれない。そんな不確定要素の多い話をしてもどうしようもない。
「ただ、スオウはこうも言ってました。自分は倒されても復活するって。」
「それは、神だからか?」
アルスが眉間にしわを寄せて葵に聞く。
「多分。詳しいことは聞けてないんです、モンスターに襲われてしまって。」
なるほど、とアルスは瞑目する。やっぱり協力できないって言われちゃうのかな、と葵が絶望的な気持ちになっていると、フリージアが助け舟を出した。
「とりあえずスオウ様のことは探してみない?もしかしたら他に方法があるのかもしれない。スオウ様に会って話を聞かないとどうしようもないよ。それに私、今日一日一緒にいて葵のこと気に入ったの。すごく一生懸命でいい子だと思う。そういう子が苦しんでいるの放っておけないよ。」
フリージアがそう言うと、ラークとアルスの二人が目を合わせて頷く。
「そうだな、葵は俺が拾ってきたようなもんだし、途中で放り投げるのは無責任ってもんだよな。」
「乗りかかった船だし、付き合うよ。」
二人にそう言われて、葵はホッとして涙が止まらなくなる。
「やだ、泣かないでよ葵。大丈夫よ。」
「悪い、不安にさせたな。」
「一度仲間になると言ったのに悪いことをした。ごめん。」
三人の優しい言葉を聞いて、葵は更に涙が止まらなくなってしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます