第13話 猫又との出会い
事情を説明した結果、狐魔は同じ妖魔の先輩である珠姫に面倒を見てもらうことになった。
水菜は学生であるがために、実体のある狐魔がいつまでもくっついているわけにはいかなかったからだ。狐魔は不満そうだったが、珠姫が同じ妖魔ということで仕方なく受け入れたようだ。
お互いに驚いてはいたものの、どうにか納得し合うことができたようだった。
「では、早速明日から神社の仕事を手伝ってもらいますね」
「うげぇ……」
珠姫から言われて、露骨に嫌な顔をする狐魔。
妖魔からしてみれば、神社なんて退魔師の巣窟みたいなものだ。だからこそ、狐魔はここまで嫌がるというわけなのだ。
「私がいるんです。おとなしくしていればちゃんと面倒見てくれますよ」
神社で働く珠姫の言葉は説得力があるというもの。事実を見せられて狐魔は黙り込んでしまった。
「私は捨て猫でしたけれど、ここに拾われて本当によかったと思うのです。ちなみに姉さんは社会人として働いてますよ」
「身内がいるのかよ」
「ええ、珠美といいます。駅前のデパートで働いてて、外に住んでます」
珠姫の証言に狐魔は驚くしかなかった。妖魔が人間たちに紛れて平然と暮らしているというのが、自分の中では事実として受け入れられないといったところなのだろう。
「狐魔のことは、狐好きな男の子って事で通そうかしらね。それで狐の耳と尻尾をつけてるんだっていえば、見た目の年齢からいってごまかせると思うわ」
「ええ、水菜ちゃん、ナイスアイディアだと思います。私たちの最初の頃を思い出しますね」
「ええ、そうね。3年くらい前だったかしらね」
「もうそんなに前になりますかね……」
急に昔話を始める水菜と珠姫である。
それは3年前の雨の降り続く日のことだった。
学校帰りの水菜は、いつものように帰り道を急いでいた。ただ、この頃の水菜は家の手伝いを始めたばかりの小学3年生。今のように買い物へ向かうこともなく、まっすぐ家に帰るだけの小学生だった。
「あれ、猫の鳴き声がする」
雨の音が世界を支配する中、水菜の耳は間違いなくかき消えそうな小さな音を拾っていた。
その小さな音が聞こえてくるようへと進むと、そこには段ボールに入れられた子猫の姿があった。
全身が茶色の毛並みの弱々しい子猫が二匹、雨に打たれながら小さく鳴いていたのである。
「まあ、可哀想ね。あなたたちは捨てられたのかな?」
左手で傘を持ち、右手を猫たちに向けて差し出す水菜。すると、言葉を理解しているのか、小さく頷いてから差し出された右手をなめようとしている。
「言葉が分かるということは、この子たち半妖ということかしらね。ならば話は早いわね」
水菜はしゅるりと触手を出すと、気付かれないように傘を背中とランドセルの間に差し込む。そして、両手で子猫たちを拾いあげる。
「あなたたちはうちで飼ってあげるわ。それでいいかしら」
水菜の言葉に、やっぱり小さく頷く子猫たち。その姿を見た水菜は優しく微笑むと、子猫たちを連れて神社へと帰っていったのだった。
「……というわけなんですよね」
「びっくりしたわよね。生まれながらに妖魔の猫ってそうそういるものじゃないもの」
顔を見合わせて、にっこりと頷き合う水菜と珠姫である。
それにしてもたった3年で社会人として通用するほどの教養を持つとは、この猫又たちも大した能力の持ち主だろう。普通は猫の気ままなところが出て、人間生活にはなかなかなじめないものだからだ。
「私たち姉妹の幸運は、この宮森神社に拾われた事ですよ。退魔師の家系とはいっても、妖魔は全部倒すみたいな考えではないみたいですしね」
珠姫は頬に手を当てながら、嬉しそうに話している。
「って、この女って確か……」
珠姫の話を聞いた狐魔が思わず口に出そうとするが、それを珠姫が口に指を当てて黙らせる。
「そこから先は言っちゃダメですよ。世の中、言っていい事と悪いことがありますからね?」
この時の珠姫の表情に、思わず背筋を凍らせる狐魔である。
「わ、分かった。これ以上は言わない」
体を震わせながら、狐魔は何度となく首を前後に振る。よっぽど珠姫から恐ろしさを感じたのだろう。
「それじゃ、今日のところは男連中と一緒に寝てもらうからね。男女一緒というわけにはいかないのよ」
「なんでだよ。俺はこいつを主にしたんだぞ」
「ダメなものはダメなのよ。いいわね?」
水菜と一緒に寝ようとする狐魔だが、珠姫は再び怖い表情を見せて狐魔の説得にあたる。
「ひっ、わ、分かったから、その顔はやめてくれ!」
「分かればよろしい」
珠姫はすっと顔を引っ込めていつものにこやかな表情を見せる。
結局のところ、狐魔は水菜が呼んできた男の職員に連れられて寝室へと移動していったのだった。
こうして新しい年はいきなり家族が増えるという状況から始まった。
だが、この狐魔との出会いからというもの、水菜を取り巻く環境が大きく変化していくなど、一体誰が想像したというのだろうか。
そう、これはただのきっかけに過ぎなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます