第12話 元日は落ち着かない

 人の姿に化けた狐魔を抱えて神社に戻ってきた水菜。事情を説明するために居住スペースへと戻ってくる。

「あら、水菜ちゃんどうしたの……って、そこのどうしたのです?!」

 水菜が抱えた狐魔を見て、留守番の職員が大声を上げている。

「詳しい事は後で話します。狐魔、私が戻ってくるまでおとなしくその人のいうことを聞いていてね」

「分かったよ、退治されたくないからな」

 水菜の言葉を素直に受け入れる狐魔。そして、水菜が授与所に向かって走り出すと、狐魔と職員は手を振って送り出していた。

「それで、君は一体誰なんですか」

 水菜を見送って落ち着いたところで、職員が狐魔に問い掛けている。

 急に話し掛けられて驚いた顔をした狐魔だったが、すぐさま職員の顔をじっと見ながら話し始める。

「聞いて驚け、俺は三尾の狐である狐魔様だ。いずれは九尾の狐となる大妖魔の卵ぞ」

 見た目が子どもであるために、腰に手を当ててドヤ顔を決める様が可愛かったらしい。職員はついついその頭を撫でてしまう。

「おい、何をするんだ」

「あら、ごめんなさい。可愛かったものだから、つい……」

 頭を撫でられて不機嫌な顔をする狐魔だが、別に悪い気はしなかったのかそれだけでおとなしくしていた。

「それじゃ、水菜ちゃんが戻ってくるまで家の中でおとなしくしていましょうか。妖魔であっても歓迎しますよ」

「ここって退魔師のいる神社だろ。妖魔を受け入れて大丈夫なのかよ」

「大丈夫ですよ。他にも妖魔な方はいらっしゃいますから」

 職員は唇に指をつけてにっこりと微笑みながら話している。

「ここって一体、どうなってるんだよ……」

 水菜の事といい職員の態度といい、狐魔は驚きを隠せなかった。しかし、職員もこれ以上語るような事をしなかったので、水菜が戻ってくるまではおとなしくしていることにする狐魔なのだった。


 一方、授与所に現れた水菜は、ものすごく息を切らせていた。狐魔を送り届けてから慌てて走ってきたからだ。近くとはいえど全力疾走は疲れるというものだ。

「ごめんなさい、遅れました」

 息を切らせながらちゃんと謝罪する水菜。神社の家の娘だからといっても、礼儀礼節は大事にするのである。

「水菜ちゃん、大丈夫ですよ。お二人も来てくれていますから、どうにか回っています。ひとまずお茶でも飲んで息を整えて下さい」

 そう話すのは先に行ってもらっていた珠姫である。

「あ、ありがとうございます」

 水菜はおとなしく言葉に従って、ポットのお湯を注いで緑茶を一服する。

「ほう、やっぱり緑茶は落ち着くわ……」

 ほっと一息ついた水菜は、気合いを入れ直して授与所へと向かう。

「あけましておめでとう、水菜」

「あけましておめでとうございます、水菜ちゃん」

「あけましておめでとう、寧子、ゆう。今年もよろしくね」

 入るなり友人二人に出迎えられた水菜は、新年の挨拶に新年の挨拶で返す。常に冷静沈着、退魔師として鍛えられた水菜はさすがなのである。

「さーて、今年もたっぷり働きますかね」

「水菜ちゃんは家のことでも十分してますのに……。頑張り過ぎはいけませんよ」

 普段から料理と買い物とお金の管理をしているのだ。職員たちからすれば水菜は十分頑張りすぎだろう。

 珠姫から言われて、水菜は照れくさそうに笑いながら授与所の仕事に加わっていた。

 さすがは全国区の神社である宮森神社。お守りや破魔矢などが飛ぶように売れていく。さすが厄払いの神社である。

 寧子やゆうは売れて減っていくお守りなどの補充に奔走している。水菜は家の手伝いなので売り子に混ざっている。いろんな客がいるけれども、さすがにいいお客さんばかりで助かるというものだ。特にこれといったトラブルもなく、順調に時間は過ぎていった。

 気が付けば日が傾き始めている。

「水菜ちゃん、そろそろ上がっていいわよ」

 声を掛けてきたのは珠姫だった。

「分かりました。それじゃ寧子とゆうを送り届けてきますね」

「私もついていきますよ。子どもたちだけでは今の時期危ないですから」

 そんなわけで、手伝いを切り上げた水菜は、珠姫と一緒に寧子とゆうを家まで送っていたのだった。


 その帰り道、水菜は珠姫に質問をされていた。

「で、結局妖魔を拾ってきたんですか」

「あっ、ばれてる?」

 照れ笑いをする水菜の姿に、珠姫は呆れた表情を見せている。

「まったく、変に扶養家族を増やさないで下さいね。家計を管理している水菜ちゃんならよく分かっているでしょう?」

「はーい、分かってますよ。分かっているけど、なんか放っておけなかったんです」

 少し表情を暗くする水菜である。その様子に、珠姫はこの場でそれ以上水菜に追及することはなかった。その代わり、夕食の準備は手伝わせてもらうという約束を取り付けているのだった。

 そうして、神社の外れにある家に戻った水菜たち。

 戻るなり狐魔に飛びつかれて驚く水菜だったが、次の瞬間には頭を撫でて狐魔を落ち着かせていた。さすがの対応力である。

「待たせたわね。それじゃ、夕食の席でみんなに紹介するから、支度ができるまでのんびりしててちょうだい」

「ええー……」

 不満そうな声を上げる狐魔だったが、引きつらせた笑顔を見せる水菜の態度に渋々従っていたのだった。

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