第11話 狐の妖魔

 驚き戸惑う黒い影を押さえつけ、その姿を確認する水菜。そこにあった姿についつい驚かされてしまう。

「えっ、二尾?」

 そこにいたのはまん丸とした子どもの狐であり、そのしっぽが二本あった。つまりは九尾の狐の幼体ということだろう。

「まったく、元日の神社でこんなものに出会うなんて。これはとっ捕まえて帰らなきゃいけないわね」

「やめろ離せ。退魔師なんぞと付き合ったら殺される。おいらは食べてもおいしくないぞ」

 子どもである水菜に片手で押さえつけられてじたばたと暴れる二尾の狐。その可愛らしい姿に、つい目を輝かせてしまう水菜である。

「まぁまぁ、慌てるんじゃないわよ。少しくらい話しましょう」

 二尾の狐を両手で捕まえて、自分の膝の上に乗せる水菜である。

 するとどうしたことだろうか。二尾の狐が何かに気が付いて大きく震え始めたのだ。

「お、お、お前。これは妖気じゃないか。ということは……妖魔なのか?」

 二尾の狐がおそるおそる水菜に尋ねると、水菜はにっこりを微笑んでいる。無言の肯定である。

「ひっ、冗談じゃねえぞ。お前みたいなのに付き合ってたら、俺が消えちまう。やめろ、放せ!」

「あら、私から逃げると他の退魔師に退治されちゃうわよ。安心しなさいよ、私は取って食べたり退治したりしないから」

 じたばたと暴れる二尾の狐だが、まったく動く事ができない。

「はっ!」

 ちらりと視線を向けると、自分が触手に押さえ込まれていることに気が付いた。

「触手持ち……。やっぱり上級の妖魔じゃねえか。なんで人間、しかも退魔師なんてやってるんだよ」

「私にも事情があるのよ。まあ気にしないでちょうだい」

 吠えつく二尾の狐に、水菜は困った表情で落ち着かせようとしている。

「私の家は神社だし、狐に対しては寛容よ。それに私と一緒に居れば、もしかしたら九尾を目指せるかもしれないわ。どう、私と一緒に来る?」

 水菜が提案すると、二尾の狐の動きがぴたりと止まる。どうやら、九尾という単語に反応したようだった。

 ちなみに、水菜の宮森神社が祀っているのはお稲荷様ではない。しかし、神社といえば狐というイメージを持つ人もそこそこはいるので、まったく場違いというわけではないのである。まぁ、本来狐はお稲荷様の御使いなのだけれども。

 水菜からの提案を受けた二尾の狐は、うんうんと唸っている。どうも決めかねているようである。

「私は責任もって世話するって伝えるから、身の安全は保障するわよ。好物もあったら教えてちょうだい。時々にはなるけれど、ちゃんと用意してあげるから」

「油揚げ」

 水菜の提案にぽつりと呟く二尾の狐。

「油揚げをくれるならついていくぞ」

 今度ははっきりと言う。その言葉を聞いて、水菜は二尾の狐の頭をこれでもかと撫でる。

「よし、決まりね。それじゃ神社に戻るわよ。今日は忙しいから家の方でのんびりしててちょうだい」

「分かった。おとなしくしてる」

 二尾の狐を抱きかかえる水菜。いざ戻ろうとするのだが、ふと動きを止める。

「そうね。家族になるなら名前を付けておいた方がいいかしらね。名持ちの方が特別感があっていいでしょ?」

「つけてくれるなら、それで構わないよ」

「よし決まりね」

 二尾の狐が了承したことで、水菜は抱えたまま考え始める。そして、しばらくするとポンと手を叩いていた。どうやら思いついたらしい。

「そうね。安直だけど狐の妖魔ということで『狐魔こま』というのはどうかしら」

 水菜がそう言った瞬間、二尾の狐の体が光り始めた。

「えっ、ちょっと。何が起きてるのよ」

 あまりにも突然な事に、水菜は混乱している。そして、光が収まったかと思うと、そこには二尾ではなく三尾の狐がいたのだった。

「ちょっと待ってよ。なんで進化してるの?!」

 水菜が驚くのも無理はない。名前を付けた程度でこんな変化が現れるとは思ってもみなかったのだ。

 自身も固有の名前がなかったタイプの妖魔だったがために、名前を得ることで妖魔に変化が現れることを知らなかったのである。

「はあ、これはお父さんとお母さんに報告必須ね。夜までどうしよう……」

 水菜は正直対応に困ってしまっていた。なにせ両親は祈祷と神楽で忙しいのだ。ついでに言えば、水菜自身もこれから神社の手伝いである。少なくとも祈祷と神楽の受付が終わる18時までは、職員に任せきりになるのだ。

「狐魔、ちょっといいかしら」

「なんだい」

 水菜は事情を説明する。すると狐魔は別に構わないという反応を見せていた。

「家の手伝いをしておとなしくしてればいいんだろ。それなら任せておいてくれよ。名前を与えられたのなら、その主には従うっていうのが筋だからな」

 狐魔はにししと笑っている。

「狐のままが問題なら、こうすればいいや。どうやら三尾になったことで使えるようになったっぽいからな」

 次の瞬間、狐魔は着物を着た少年の姿に化けていた。ただ、まだ未熟なのか耳としっぽとひげはしっかりと残っている。

「これでどうだよ」

 水菜の前でドヤ顔を決める狐魔。その姿に目を何度も瞬きさせる水菜。

「ええーーっ!?」

 次の瞬間、森の中に水菜の驚く声が響き渡ったのであった。

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