第10話 元日トラブル

「あけましておめでとうございます!」

「今年もよろしくお願い致します」

 水菜は居住スペースで職員の数名と一緒に無事に年越しをしていた。とはいえ、この時間もひっきりなしに参拝者が押し寄せてくるので、あまり騒いでもいられない。

「まったく、忙しい合間を縫っておせちを作ったのに、食べられる人ってあまりいないですからね」

「おせちは嬉しいんですけれど、なんで作れるんですかね、水菜ちゃんは……」

「ふふん、私に不可能はないわ」

 威張り散らす水菜である。

「はいはい、自慢もいいですけれど、水菜ちゃんは今日からお手伝いをするんですよね。さっさと寝ないと寝坊しますよ」

「むむぅ、分かりましたよ。おせちは今日の夕食にでも食べることにして、私は寝させてもらいますね」

 職員の一人に言われて、水菜は仕方なく手伝いに備えて眠ることにした。日付が変わるまで起きている事自体が珍しく、大晦日にしか見られないというレアな姿。自室に向かっていく水菜を、職員たちはこっそり拝んでいた。

「さっ、私たちも交代に備えて休みますよ」

「おおーっ」

 職員たちも同じように仮眠を取りに部屋へと戻っていった。


 宮森神社は全国区レベルで有名な神社だ。ご利益が本物だと言われるくらいに効果が期待できる厄除けの神社であり、そこそこ段数のある石段を登るというのに多くの参拝客が訪れる。

 年末年始、節分、そして七五三にはそれなりに人が集まってくるので、その間はひっきりなしに忙しい。

 また退魔師の家系でもあるので、人と同時に妖魔たちも集まってくる傾向がある。

「さて、珠姫たまき姉さん、今日から一緒に巫女さんを頑張りましょうか」

「はい、水菜ちゃん」

 目を覚まして準備を済ませた水菜が声を掛けた珠姫という人物。

「張り切るのはいいけれど、耳と尻尾は出さなくていいからね? コスプレじゃないんだから」

「こ、コスプレじゃないですよ。猫又の本分を奪うつもりですか?!」

 困った顔で訴える彼女は、弱ったところを助けられた猫又である。茶色い毛並みが特徴的で、しっかりと尻尾が二本ある妖魔なのである。ちなみに昨日おおみそかは水菜たちと一緒にそば屋さんを手伝っていた。

 普段は人間たちに紛れるために、水菜の家族たちの力を借りてその姿を人間に擬態している。ただ、水菜の兄である和樹からだけは、かなり煙たがられているようだ。

(兄さんってば、根っからの妖魔嫌いだものね……)

 退魔師一家に生まれ育ったせいか、和樹はかなり妖魔のことを嫌っているのだ。なにせ、妹である水菜にすらその警戒心を露わにしているのだから、相当に筋金入りといったところである。

「さて、昼すぎには寧子とゆうも来るので、それまで頑張りますか」

 珠姫の手を引きながら、水菜は授与所へと移動していく。

 授与所に到着した水菜たちは、その忙しさに思わず立ち止まってしまう。

「いやぁ……、毎年の事とはいえ、今年もすごい人だかりね」

 宮森神社の授与所は社務所とくっついており、御朱印や祈祷などを希望する人たちも殺到している。そのためにもはや足の踏み場もないくらいの混雑を見せていた。

 そんなに大きくのない小高い丘の上の神社なので、その混雑は今年も近所にまで広まっていた。

「今年も近隣の家に頭を下げて回ることになりそうですね。毎年の事とはいえ……」

「ははっ、そうね……」

 話をしていた水菜と珠姫が、突然動きを止めてぴくりと反応する。

「感じましたか、水菜ちゃん」

「もちろんよ。まったく元日からこれかぁ……」

「私が行きましょうか?」

「いや、大人の人手の方が必要でしょ。このくらいの妖魔なら私でもいけるわよ」

 どうやら人だかりに誘われて、妖魔がやって来たようだった。

「分かりました。水菜ちゃんなら問題ないでしょうが、一応気を付けて下さいね」

「もちろんよ。それじゃ行ってくるわね」

 水菜は珠姫と別れて、妖魔の気配を感じた場所へと急いだ。


 やって来たのは宮森神社のある丘の斜面の森。

 かなりの傾斜がある場所なので、普通ならば人は容易に入れない場所だ。しかし、触手を使う水菜にしてみれば、だからどうしたと言わんばかりに移動が可能なのである。

(えーっと、この辺りからね。あっ、いたわ)

 斜面を移動する水菜の前に、黒っぽい影のようなものが見える。これが妖魔のようだ。

「けけっ、これだけ人が集まっているなら、いたずらし放題だぜ」

 黒っぽい影は何か企んでいるようだ。

「へえ、いたずら目的か。混ぜてもらってもいいかな?」

「誰だ! って、退魔師だと?!」

 水菜の接近に気が付かなかった妖魔は、驚きの声を上げている。なにせこの斜面なら人間は入ってこれないだろうと踏んでいたのだから。

「甘かったわね。私、普通の退魔師じゃないのよ」

「わわわっ、やめろ、降伏するから退治するのはやめてくれ。この通りだ、頼む」

 接近されていきなり命乞いを始める妖魔。その様子に思わず驚いてしまう水菜。

 妖魔の前に立ち止まってその姿を確かめると、そこにあった姿にもう一度驚かされてしまう水菜なのだった。

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