第9話 見守る者たち
水菜と別れた人物は境内を離れて、水菜に暴力を振るおうとした男をその場に投げ捨てる。
「まったく、少女に手を出そうとは愚かしい人間だ。昔の俺なら、その場で体に風穴を開けていたな」
気を失った男を見ながら、険しい表情で話す人物。
「ふふっ、相変わらず物騒なことを言うものね、インキュバス」
男を見下す人物の近くに、どこからともなく女性が姿を見せる。ふわふわなピンク色のセミロングに切れ長な目をした妖麗な女性である。
「シープか。まったく……、あの場でうっかり力を使いおってからに。気付かれたらどうするつもりだったんだ」
インキュバスと呼ばれた男性が顔を上げて問い質している。
「あの子にけがをさせるくらいなら、ばれてしまった方がまだマシなのよ。……そういう約束でしょう?」
すました顔で話すシープの言い分に、黙って笑顔を見せるインキュバスである。
そして、くるりと振り返って階段の上を見上げるインキュバスとシープ。
「それにしても、何度見ても面白い子に育ってくれたものだな」
「あら、あの子に手を出すつもり? そういう趣味があったのかしらね」
「バカを言え。あいつに手を出したら、次の瞬間俺は粉々にされてしまうだろうが。あいつの能力はよく知っているだろう?」
インキュバスが焦ったように答えると、シープは意地悪くくすくすと笑っていた。
「ええ、もちろん。さっきもこっそりその力を使っていたみたいですよ、あの子」
「やっぱりか。この愚かしい人間の体勢が崩れたのはそのせいか……」
ちらりと伸びている男へと視線を向けるインキュバスである。
「さすがにこれ以上は人に聞かれるわけにはいかないな。場所を変えようか」
「賛成ね。あの子に迷惑をかけるのは本望ではないもの」
神社へと行き交う人の波はほとんど途切れる様子はない。これ以上の話は無理だと感じたインキュバスとシープは、こっそりと場所を変えることにしたのだった。
草影市内のとある場所へと二人はやって来た。
建物の中に入り、シープが飲み物を用意する。
「ここなら誰も来ないから、ゆっくりと話ができるわ。年末番組も見飽きちゃったから、年越しまでゆっくり話でもしましょう」
「そうさせてもらおうか」
飲み物を口に含みながら、インキュバスはシープの提案に乗っかった。
「それにしても、我々もすっかり今の生活に慣れてしまったな」
「そうね。この草影市に定住してから、もう13年になるのかしらね」
「ふっ、まったく早いものだな」
静かに笑うインキュバスとシープ。
「まったく、俺たちがこっそり見守りながら暮らしていると知ったら、あいつはどんな顔をするだろうな」
「さてね……。すぐにでも見てみたい気がするけれど、まだ早いのよね」
今度は不気味に笑い出す。
「そうだな。そういえば、彼はこっちに来たんだっけかな」
「ええ、先日にこちらに着いたみたいよ。まさかここから離れた場所に住んでいるとは思わなかったわね」
「そうだよなぁ。俺ら妖魔からしたら、距離なんてあってないようなものだしな」
腕を組みながら、シープの話に反応するインキュバスである。
「ここに越してくるまでに時間がかかったのは、いろいろな要因が重なったものね。そもそもおおみみずとの戦いで瀕死の重傷でしたし、ちょうど子どもも生まれる時期だったからね」
「そりゃ、動けないよな」
事情を聞いて、首を捻りながら唸るインキュバスである。
「まだ車椅子生活だそうだけれど、子どもも大きくなってきたとあって、ようやく退魔師協会から引っ越しの許可が出たそうよ。本人からの連絡だから間違いないわ」
「お前、いつの間に連絡を入れたんだ?」
妖しく笑うシープに、インキュバスは困った顔でツッコミを入れている。
「あなたと違って、私は夜は暇なのよ。それに、私の能力を使えば場所に関係なく連絡を取ることくらい、容易にできるわ。なんといっても、この世で眠らない存在なんてほとんどいないんですからね」
「便利だな、夢魔の能力ってのは」
「うふふふ」
人差し指を唇に当てながら、自慢げな表情をするシープ。
「だてに夢を操る能力を有していないわよ。今もその能力活かして生活しているわけだし……ね」
「まったく、大したものだな」
シープの言い分に、つい感心してしまうインキュバスだった。
「それにしても、彼らがこの街に来たのなら、いよいよ準備が整ったというわけだな」
「そうね。そういう約束だものね。あとは、いつ顔を合わせるように仕向けるかといったところね」
顔を見合わせながらにやりと笑うインキュバスとシープである。
どうやら水菜の事をよく知っているようだが、一体水菜とはどういう関係なのだろうか。
「とりあえず、早くて中学校入学かしらね」
「いや、それよりも早いかもしれないぞ。子どもの年齢的に学校に通わせなきゃいけないからな」
「それもそうね。まあ、あの子とあの人が顔を合わせるような事になれば、私たちも出ていかなければならないかもね」
「かもな」
二人は再会の時期を楽しそうに話し合っている。
「こうなると来年が楽しみだな」
「ええ。せっかくだし、先に祝杯でも挙げておかない?」
「おお、いいねえ。仕事でいいワインが手に入ったんだ。それでも飲もうか」
「あなたが飲みたいだけでしょうに」
「わはははははっ!」
来年の事を楽しみにしながら、二人は酔い潰れるまで酒を飲んで年を越したのだった。
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