第8話 年越しそば屋のお手伝い

 小高い丘の上という、少々立地が悪いとはいってもそこは全国区の神社である宮森神社。普段でも多い人の出入りが大晦日ともなると跳ね上がる。

 その原因はここで振る舞われる年越しそばだ。

 なにせそもそも厄払いのご利益のある宮森神社である。その境内で食べる年越しそばは縁起が良すぎるというわけである。それは当然人が集まるというものである。

 それほどの人気を誇るそば屋さんだが、夫婦が営む本来のお店はかなり暇である。どれだけ立地効果があるかというのがよく分かる。

 今年の水菜たちは、このそば屋さんの手伝いをすることとなり、寧子とゆうも巫女服に着替えてそば屋で準備をしていた。

「開店時間は11時よ。夕方5時までの長丁場、覚悟はいいわね?」

「もちろんさ」

「が、頑張るね」

 水菜の呼び掛けに、寧子もゆうも返事をしてその時を待った。

 そば屋に陣取るのは全部で十人。表情は真剣そのものだ。

 11時となって開店すると同時に、店内に客がなだれ込んでくる。縁起物を求めてやって来る人物がどれだけ多いかよく分かる状況だ。

 ただ、四人掛けの席が8席しかないので、そんなに店内に客は迎え入れられない。当然ながら店の外には長蛇の列である。そこまでして恩恵にあやかりたいのかと、毎年思う水菜なのである。

 とはいえ、その後は余計なことを考えるような暇はなかった。客が出ていけば次の客が入ってきて、常に満席の状態が続いている。もうみんなてんてこ舞いだ。

 これだけ有名な神社となれば、マスコミ関係も来そうなものだが、実は境内にそういった姿は見えない。

(事前に結界張っといて正解だったかな。参拝客の邪魔だし、正規の入口は階段で危ないものね)

 くるくると接客をしながら水菜は心の中で笑っていた。

 実は、水菜は事前に神社の入口のところに、退魔師と妖魔の力を使ってマスコミ除けの結界を張り巡らせておいたのだ。

 水菜の退魔師としての能力は、お札を使う符術使いである。うまく妖魔の力を溶け込ませれば、こうした結界を作り出す事ができるのである。

(テレビでの取材の様子を見ていて、絶対神社に踏み入れさせるかと思ったもの。忙しい年末年始は邪魔でしかないわ)

 客の対応をしながら、水菜は自分のやったことに満足していた。


 午後に入ってもまったく客足は衰えず、ひっきりなしに客対応をする水菜たち。

 さすがの寧子も疲れが見え始め、ゆうにいたっては裏方で皿洗いに回っていた。そもそもゆうは人見知りをするタイプなので、表に出続けるのはそもそも厳しかったのだ。

「水菜ちゃん、表に出てそろそろ客を止めて来てくれないかしら。このままじゃ閉店予定の5時を大きく過ぎてしまいそうだわ。そばの残りも少なくなってきたし」

「分かりました。では、行ってきますね」

 おばさんに言われた水菜は、外へ出てお客に声を掛ける。

「すみません。営業時間もそばの残りももう少しになってきましたので、これ以上は並んで頂いても対応できません。申し訳ありませんけれど、ご理解のほどをお願いします」

 水菜が呼び掛けると、残念そうな声が聞こえてくる。

 なにせ、これのためだけにわざわざここまでやって来た人たちもたくさんいるからだ。

 しかし、空を見てみればもう陽も傾き始めている。水菜の言葉を聞いて、多くの客たちは列を離れていっていた。

「おい、終わりってどういうことなんだ」

 しかし、中にはこういう客もいるものである。

「その言葉のままです。物がない以上はどうにもなりませんから」

 だが、12歳である水菜は、そんな苦情は一切受け付けない。じっと相手を見つめる水菜は強くこう念じる。

(壊れろ)

 次の瞬間、水菜に詰め寄ってきた男の足元に大穴が開く。男はその穴に蹴躓いて体勢を崩していた。

「なっ?!」

 驚いてこけそうになる男だが、水菜はしっかりと男を支えていた。

「どうかなさいましたか?」

 すました顔の水菜。

「この……ガキ!」

 助けられていながら、なおも水菜に乱暴を振るおうとする男。

 水菜が身構えた瞬間、男は誰かに腕を掴まれ、そのまま組み伏されてしまった。

「あたたたた……。何しやがる!」

「ここは神聖な神社の境内だ。乱暴はやめてもらおうか」

 手を掴んだ人物が男に警告するも、男は引き続き暴れようとする。

「うるせえんだ……よ……」

 起き上がって腕を掴んだ人物に暴力を振るおうとした瞬間、男は突然力を失って倒れ込んでしまう。何が起こったのか。水菜はきょとんとしてその様子を見ていた。

「騒がしくしてしまったな。こいつは外に放り出して、そのまま失礼させてもらうよ」

「あ、いえ。助けてくれて、ありがとうございます」

 助けてくれた人物の言葉に、水菜は素直に頭を下げながらお礼を言っている。

 気を失った男を肩に担いで、その人物は静かに神社を後にしていった。

(なんだか今の人、懐かしい感じがしたわね)

 水菜は少しの間呆然としてしまっていた。

「水菜ーっ、そろそろ中を手伝ってくれ」

「あっ、ごめん。すぐ戻るわね」

 中から寧子の声が聞こえてきて、我に返る水菜。こっそりさっき開けた穴を塞いでから、慌ててそば屋さんの手伝い戻っていくのだった。

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