第7話 宮森神社の大晦日

 クリスマスの後からは水菜も神社のお手伝いで大忙しだった。

 月の頭どころか11月の半ばくらいから新年用のお守りや絵馬、破魔矢などを作っていたのだが、冬休みに入ると水菜や兄である和樹も手伝わされている。

 これだけ大わらわになるのも理由があった。

 宮森神社は厄除けの加護があるとして、全国から多くの人が押し寄せてくるのだ。その人数に対応しようとしすると、そのくらいの期間をかけてじっくり作らないといけないのである。全国区の神社がゆえの悩みなのである。

 そんな忙しさもようやく落ち着く大晦日。

「さあ、今日から忙しくなるわよ」

 いつものように目が覚めた水菜は気合いを入れていた。朝の境内の掃除も、見えないように触手を使いながら掃除をしていく。朝の4時すぎとはいえ、誰が見ているのか分からないからだ。

 宮森神社は基本的には五十段以上ある石段を登って参拝する。しかし、裏手には階段のない道路もあるので、そちらからやって来る人もいるのだ。

「おはようございます」

「おはよう。水奈ちゃんは今日も早起きだねぇ」

 掃除の真っ最中、犬の散歩にやって来たおばさんと挨拶を交わす。

「おばさんこそ、大晦日もうちまで散歩ですか」

「ええ、日課ですからね。ここの坂はちょうどいい傾斜だから、ついつい登ってきてしまうね」

「ははっ、裏手は夜間出入り禁止ですよ?」

「あらそうなのかい。おほほほほほ」

 苦笑いを浮かべる水菜の指摘に、散歩にやって来たおばさんは笑ってごまかしていた。

「まあ、今年も一年お世話になったからね。お礼がてら、夜には初詣のためにまた来させてもらうとするね」

「はい、お待ちしています」

 にっこりと笑顔を浮かべて、手を振りながらおばさんと別れた水菜なのだった。

 境内の掃除をある程度終えた水菜は、境内の一角にある建物へとやって来た。

「おはようございます。準備は進んでますか?」

 水菜がやって来た建物の中では、一組の夫婦が準備に追われているようだった。

「水奈ちゃん、おはよう。ええ、今年もこの日が来たからね、腕によりをかけて振る舞うつもりだよ」

「ここでそばが振る舞えるというのは、私たちにとっては嬉しい限りだよ」

 どうやらこの夫婦、年越しそばを仕込んでいるようだった。

 普段は街の中でひっそりと蕎麦屋を営んでいる夫婦だが、大晦日のこの日だけは境内に営業場所を移しているのだ。

 なにせ、この宮森神社は全国的に厄払いのご利益のある神社として知られている。そこで年越しそばとなれば、否が応でも売れるというわけなのだ。

 もちろんこの夫婦にはひと儲けしようなんていう考えはない。元々は宮森家と交流があるというだけの関係だし、この場所で年越しそばを振る舞っているのは先代神主、つまりは水菜の祖父から誘われてのことなのだから。

「ふふっ、それじゃ今年もたくさんお客さんが来るように、私がしっかり掃除しておきますね」

「すまないね、水菜ちゃん」

 会話を終えた水菜は、飲食スペースと建物の外回りの掃除を始める。

 いつもは4時半から始める掃除を30分も早めたのはこのためだ。真冬の寒い中ではあるものの、さすがに家事ですっかり慣れてしまった水菜にとって、さしたる苦労でも問題でもなかった。

「それでは、お昼の営業楽しみにしていますね」

「いつもすまねいねぇ」

「ありがとうね、水菜ちゃん」

「いえいえ、お互い様ですよ」

 建物の掃除を終えた水菜は夫婦に挨拶をすると、元気よく家の方へと戻っていった。


 この後はいつものように食事を終えた水菜。

 職員たちに発破をかけながら追い出していくと、自分も売り子として参加するために再び巫女の姿に着替える。

 すっかり気合いを入れた水菜だったが、その時に不意に玄関の呼び鈴が鳴った。

「水菜ーっ、手伝いに来たぞ」

「今日もよろしくね、水菜ちゃん」

 どうやら寧子とゆうの二人が手伝いに来たようだった。

「今年も本当に来たのね、二人とも」

 少々呆れた表情を見せる水菜だが、約束通り来てくれた事をしっかり喜んでいた。

「あったり前だろ。約束したからにはちゃんと守る、当然のことだぞ」

「そうだよ、水菜ちゃん」

 二人揃って力強く主張している。これには困った顔で笑うしかない水菜だった。

「それにしても、いつ見ても似合ってるな、巫女さん」

「うんうん、さすが水菜ちゃんだよ」

「もう~……、ありがとう」

 二人から褒められると、水菜は照れくさそうにしながら反応している。

「それはそうと、手伝ってくれるんだったら、二人も着替えないとね。お母さ~ん、寧子とゆうが来たから、着替えてもらうの頼んでもいいかな」

「あらあら、二人とももう来たのね。任せてちょうだい」

 奥からぱたぱたと走ってくる水菜の母親である。そして、二人の事を任せると、水菜は自分のやる事をしに神社へと出ていった。


 宮森神社の年末年始は忙しい。

 今年もまたこの戦いの舞台を迎えることとなって、水菜はいつも以上に気合いを入れて最終チェックを行いに向かったのだった。

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